「うぅ…」
ある山にある古びて崩れかけた寺の大広間の真ん中で横たわった少年が唸る…
「うぅむ…」
少年がゆっくりと起き上がった。
体の見た目の齢は16ほど。髪は白銀のボサボサ頭。屋根からさす光を反射して眩しいくらいだ。服は青い生地の装飾がされた白衣と紫の襦袢、その上に少々丈の長い白いフード付のコートを羽織っている。少年が立ち上がると手がコートに隠れた。
「うぅ…ん…」
まるでにらむかのような目付き、への字に曲げた口…。
「…ん〜…」
少年は立ち上がり回りを見渡して…
「…あぁ…めんどくせぇなぁ…また最初か？」
わけのわからない独り事を言った
「…まあいいや、とりあえずなんか食おう」
ゆっくりと少年は起き上がりふらふらと寺を出た…とこで急に止まり首を傾げた
「…俺、今いつにいるんだ？」
山の麓の点心屋
はむはむはむはむ…
さきの少年の口がひっきりなしに動き、皿の上の肉まんが次々となくなっていく。さっきまで山だった肉まんは平野に化しかけていた。
「にいちゃんよく食うなぁ…ほれ、俺の点心やるよ。食うか？」「ッ！」
キュピーン。そんな音が聞こえたような気がした
「…ってもうねぇ!?早いな！」「ほれ、これも食うか？」「ん！」
こんな感じでまるで見せ物のような状況に陥っている少年である
(役得、役得…)
微妙に意味ちげぇよ…
そんなのどかな(?)昼食時に音が響いた
ドドドドド…
ピクッと少年以外全員が反応する
「お…おい、まさか」「そ…そんな…また来たのか？」「嘘だろ？だって…前に来たのは三日前だぞ…」
「？？」
少年だけが首を傾げながら町の人は震え始める…そして…
「こ…賊だ！賊が来たぞぉっ！」
その見張りの声を聞いた途端…場の空気が一変した
急いで家族を家にいれる父、子を背負って逃げる母、泣きやまない子供、念仏を唱え始める老人、そんな人達で町はいっぱいになった…
ちなみに少年は…
はむはむはむはむ…
肉まんを食べてた。鈍感なのか肝が座ってるのかはたまた無知なのか…
と、そこに…
ドガァッ！
扉が蹴破られる…あ、
バキィッ！
倒れた扉が少年の脳天命中。少年は机に突っ伏した
「オラァッ！主人！酒寄越せ！飯寄越せ！あるだけ寄越せっ！」
頭ズル賢そうな中肉中背の男を筆頭に腰に形の少々歪な刀を携えた男５、６人が入ってきた
「そ…そんな…三日前、あれだけ差し上げたじゃないですか…」
「ちょいと人数が増えてな、足りなくなったんだ。だから寄越せ」
「そ…そんな目茶苦茶な！」
「あぁっ？テメェ賊に逆らおうってか!?」
「い…いえ…滅相もな…」
「だったら早く用意しろ！このぐず！」「は…はい…ただいま…」
おずおずと主人が店の奥へ入っていく…
賊達はどっかと乱暴に椅子に腰を掛ける
「ふはははははは！どうよ？あのジジイの竦みよう！」
リーダー格と思える中肉中背の男が笑う
「まじ笑えたっす！アハハハハハハ！」
ついでチビの男(の子?)が笑う
「あ…アニキがいれば簡単に食糧が手に入るんだもんな…」
少々ゆっくりとした口調で身長２ｍ近そうな巨漢が言う
「お前がとろ過ぎんだよ、デクの棒！」
チビが茶化す
…ムクリ…
「そ…そんな事無いんだな！お…オデだって…やる時はやるんだな！」
「まあ確かにお前は腕力は誰にも劣らんな」
リーダー格が褒める
「そ…そうなんだな！俺の腕力はすごいんだな！」
てくてくてく…
「ま、テメェの場合体の死亡が重しになってるだけだろ？キャハハハハ！」
賊全員が笑う
「む…むぅ！禿伸！いい加減にしないとオデもおこ…」
ポン。
巨漢の背中が叩かれる
「？誰だ…オッ!?」
ゴッ!!バキィッ!!!
さきの少年がおもいきり振りかぶった拳を首だけ振り返った巨漢の背中に叩きつける。厚い脂肪にもかかわらず骨の折れる音が響いた
ドガァッ！
そのまま巨漢は吹き飛ばされ、点心屋の壁を壊す
「きょ…巨鬨!?」
その巨漢の名なのだろう。リーダー格が名を叫び、チビが巨漢に近寄る
「ッ！ひでぇ！アニキ！死にかけてる!!」
背骨が折れたらしい。巨漢は痛みに息絶え絶えだ
「ガキ！テメェ…やってくれたな！」
賊達の視線が少年に向く。少年は一言…
「お前らに生きる権利なんて無いだろ？」
「ッ！このやろぉ！」
チビが剣を抜き、襲いかかった…が
ヒュン！ベキィッ！
「ガッ！」
すばやく繰り出された蹴りを頭に受け、骨の砕ける音を発しながらチビは店の外へ飛んでいった
「禿伸!!くっそぉ…野郎共！やっちまえ！」
その言葉を聞くや否や、少年は店の外へ…
「待て！ガキ！許さねぇ！」
店からだけでなく、飛んで来たチビを見て外で待ってた賊らも少年を追いかける！
(…イー…アル…サン…3、40人か？)
町の広間に出ると少年は向きをかえ、賊らと向き合った
徐々に賊が少年を囲い込む
「へへっ…観念したか？」
その言葉を聞いた途端…
「…ククク…アハハ…」
「「「!?」」」
「あーっはっはっはっ！」
賊ら及び町の人が呆然とした。約40人の暴徒に囲まれた少年が声高に笑っているのである
「な…何がおかしいんだテメェ！」
ククククク…と笑いを堪えながら少年が言う
「いや…何。いつも滅ぼされる奴は同じ事言うなと思ってな…」
「あぁ!?」
顔をあげた少年は胸元から左右それぞれ５枚ずつ札を取り出した
「さぁてと…名乗ろうか？今からお前らを血の池に沈める俺の名を…」
「…ふざけがやって…聞いてやろうじゃねぇか！テメェ！名は!?」
賊の親玉がそう言うと…少年はニヤリと笑った…そして、全員に聞こえるように大声で叫んだ
「我が名は左慈！字は元放！道術を極め！この世の泰平を望む者！その糧として！貴様らを…殺す!!」
ヒュン！ザシュッ！
「ぐあっ!?」
「な…なんだ!?」
見ると左慈の投げた札が前列の男の首に刺さっている…
「う…嘘だろ!?あれ、ただの紙じゃないのか!!?」
「ならば切れ味、貴様で試そうか？」
フォォン！
「え？…ぎゃあぁあ！」
ザシュッ！
今度は左慈が左手を振ると、まるでその動きに付いていくかのように札が数珠繋ぎに縦に伸び、別の男の首を薙いだ
「ヒッ…ヒィイイィ！」「ばっ…化け物だぁぁぁ！」
「たわけ！貴様らのような人間の屑よりはマシだわ！」
次いで左慈が右手から札を上にバラまき、腕ごと手を目茶苦茶に振り回すと…
ヒュン！ザシュ！ヒュン！ザシュ！ヒュン！ザシュ！ヒュン！ザシュ！
「ぎゃあぁぁぁぁ！」「た！助けて…ぐぉぉ！」
札はたちまち宙を舞う凶刃てなった…
「に…にげ…」
「おぉっとぉ、町の衆の中に入られては攻撃出来ないのでな！」
左慈が左手を張り手をするかのように勢いよく空を薙ぐと、賊の回りをもう５枚の札が包囲しつつ高速で周り始めた！
「う…うわっ」「こ…これじゃ逃げらんねぇ！」
「逃がすつもりは無い…貴様ら全て虱潰しだ！」
「「「う…うわぁぁぁぁぁっ!!!」」」
数分…数十分…どれくらい残虐劇は続いたのだろう…
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
左慈の回りは宣告通り血の海だった…賊は全滅していた…腕の無いもの、上半身と下半身が別れている者、頭が無いものと屍は様々だった…死に物狂いで斬りかかって来た者は容赦無く蹴り殺された…えげつない筋力である…町の人はみな家の中で震えている…
「…全く…屑が…余計な疲労と時間を取らせおって…しかも…」
ふうと左慈は息を吐く
(また同じ"サイ"か…また死ぬのか？…俺は…)
バサッとコートをはためかせ、左慈は町を出ようと屍の山を越えた…
「あの…」
「ん？」
声をかけられた方を見ると、７、８歳の女の子が手に小さな巾着をこちらに差し出している
「これ…あたし達を助けてくれたお礼です…」
「………」
左慈は驚いた。今までの"サイ"で感謝された事などなかった…いつも町から出ていくのを静かに、冷ややかに見送られていた…それが自然だと思ってた左慈には…ショックが大きかった…
「…ありがとう…嬢ちゃん…」
「…あの？」
「あばよ」
巾着を受け取り早足で町を出た。
後ろでの『何故泣いているの？』という質問には答えられなかった…