「ふーん…大陸中を旅してるの？」「あぁ…ちょっと人捜しをな……」
左慈は呂布と張遼に連れられつつ洛陽へと入っていた
「…危ないよ？弱いのに一人でいたら」「…さっきのは不意打ちだったんだ。本当ならあんなやつら体術で…」
「弱い人はみんなそう言う」「…くっ…ほっとけ…ところで」
左慈は話題を切り換えるべく張遼に視線を向けた
「あぁ……どないしよう……かくっちに叱られる……」
洛陽に入る前から、張遼はずっとがっくりと肩を落とし、足取りが重い。どうやらさきの賊を逃がした事に関してらしい……
「いっそ、賊なんていませんでしたーって言おうかな…あぁ、でもそうしてバレたらもっと怖いしなぁ…俺、嘘下手やし…でもなぁ…ブツブツ…」
何か呟きだした張遼の周りだけ雰囲気が暗く、子供達も張遼の近くにくるとはしゃぎ声を止め、足早に去って行く……
「張遼殿は何故あんなになってる？さっき俺を助けに来た時はとても機嫌がいいように見えたが…いや、原因は分かるんだがな？あの落差がちょっと…」
「…賈駆が怒るから」
「ん？賈駆？策士、賈文和か？」「…そうだけど…知り合い？」
呂布が首を傾げ左慈に尋ねる
「え？あ、いや、う…噂で聞いたのだ。将軍董卓の元に賈文和ありと言う噂をな…」「…ふぅん」
呂布はもう話す気がなくなったのか前方に視線を戻した
（なかなか素っ気無いやつだな…それにしても…）
左慈は街中の情景を見回した
主人の声がうるさいくらいに盛り立てる店、はしゃぐ子供、楽しく立ち話している女性達、犬もどこか楽しそうに走り去って行く。
（街にこんな活気がある…またイレギュラーか…）
毎回、董卓が治めていた時期は圧政によって人が苦しみ、自然と街や村が廃れ、それの影響を受けて、劉備や曹操、孫堅に袁紹など主が立ち上がり、董卓を討ち、魏呉蜀の時代の幕開けとなった…はずなのだが…
（今回のサイはイレギュラーが多いな…）
「ねぇ」「ん？なんだ」
呂布に声をかけられて左慈は呂布に向き直る
「アタシ達、城に入るけど、アナタは入れないからここでお別れね」「わかった。感謝する」
「ん」
そう言うと呂布は張遼を引きずって城に向かって歩いていった
「……さてと……」
左慈はすぐ脇の小道から裏通りに入った
（情報は多いほどいいからな…）
左慈は顔の前ですばやく印を描き…
「透」
ポツリと言葉を発した。
瞬間、左慈は見えなくなった
「うぅ…」「…そろそろうるさいよ？」
長い廊下を呂布達が歩いている。張遼は未だに肩を落としている
「りょーちゃんは気楽やな…賈駆の説教が待ってんねんで？誰でも気がめいる…ってりょーちゃん？まさか責任俺に押しつける気じゃないよね？」「………………………………ん〜ん(フルフル)」
「りょーちゃん？長い沈黙やね？あとなんで目ぇがどっか彼方向いてんの？」「……今日の晩御飯なんだろ？」
「強引に話題をずらした!!?りょーちゃん!?こっち向きなさい！あーたいけませんよ!?責任はきっちり２等分よ!?第一、賊を見送ったりょーちゃんの方が責任じゅうだ」
「何を見送ったって？張遼？」
「…………」「あ…賈駆…」
張遼は呂布に視線を向けていたため気付かなかったが、いつの間にか歩いていた2人の前に、鉄扇で口元を隠しつつ目だけ笑みを浮かべ、仁王立ちしている青年がいた。身につけてる物に鎧や剣などが見られない。
なのにものすごい威圧感が感じられた。特に張遼に向けて。
「あ…あははははは…や…やぁ、かくっち。今日はいい天気やなぁ…」
「そうなのかい？僕は某将軍がやり忘れてた新兵の補充数や所属部隊についての書類のおかげでずっと筆記仕事に没頭してて気付かなかったよ」
「……」
押し黙り、冷や汗を流しつつ視線を賈駆から外す張遼。ニッコリと目尻を下げる賈駆。
「……あぁ！そういやかくっちが武器職人に頼んでくれたこの武器、やっぱいいなぁ！使いやすいわ！」
サッと張遼は背中にしょっていた得物、青龍鉤鎌刀を笑顔で軽く振る
「そうかい？“無駄”に折れた武器に“わざわざ”予算を裂いたかいがあったよ」
「………」
凍り付く周りの空気。固まる張遼の笑顔…その顔に迫ってくる賈駆の笑顔
「…張遼？」
「待って！待って賈文和様！こ…これには事情が！な！りょーちゃんからもなんか言って…」
賈駆の後ろの曲がり角に一瞬見えた呂布の後ろ姿。
「りょぉぉちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
「張遼」「はっはひ?!」
賈駆の怒りを押し殺した声。右手にあった鉄扇は高く振り上げられ…
「まともに城内の仕事できねぇならせめて賊の始末くらいしっかりしろ阿呆ォォォォォッ!!!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!!!」
吸い込まれるように張遼の頭に打ち込まれ、打撃音と謝罪の念が延々と廊下に響いた……
その頃…??水関では…
華雄将軍が守っている??水関は、洛陽を守る関のうち、２番目に主とされるものであり、盾のような存在であった。その規模は大きく、そう簡単に墜とされるようなものではない。1、2万の軍隊はなんの苦労もなく撃退できる。
…のだが…
「お〜い、異常ないか？」
「へぇ、旗どころか鳥さえ見えません。つまらんこって」
今のが、梯子を登って見張り台に来た隊長と見張り台にいた兵士との会話である。長い間、戦いと呼べる戦闘がないのか、緊張の欠片も見当たらない。
「そうか、頑張れよ」「ねぇ、隊長ぉ、交代まであと何刻くらいあります？」「えーとな…多分一刻くらいだろ」
隊長も緩みきっているのか、部下の多少の無礼を気にしない様子。さらには部下とタメ口を交えている。
「うへぇ…まだそんなですか？俺、もう眠くて眠くて…立ったまま寝てちまいそうですよ…」
「んなことしてみろ。もし将軍が通った時にエラい事になるぞ？」「う…確かにそれは勘弁…将軍は職務を怠ける事には厳格ですからな…」
どうやら華雄将軍は緊張を無くしていない様子である。流石に将軍となれば部下に対する責任で弛緩などしていられないのだろう……
しかしそうでなくとも見張りがこのように弛緩するのはエラい事である。見張りがもし敵部隊を見落として周りを囲まれては、籠城をやむなく決行するしかない。しかし籠城は、悪循環を引き起こし、時には裏切り者を出す行為に繋がる。見張りとは重大な使命を担っているのである
「だったらしっかりやれ」「へぇ〜い」
会話をやめ、隊長が梯子を下り降りる…
「たっ！隊長!!」
と同時に今まで話していた兵士が大声で叫んだ
「ん？なんだー？ションベンしたくなったかー？」「違います！」
兵士は隊長の冗談を真顔で返して言葉を続けた
「遠方に中規模の軍隊発見！旗印は『孫』！江州の虎、孫堅の軍と思われます!!」
「斥候らの報告によりますと、敵は約五万程、ここから約半里(２km)に陣を張っております。総大将は孫堅、副将は黄蓋、さらに小部隊として孫策もいるようです」「虎だけでなく小覇王まで来ましたか…」
??水関の一室。その中心に机が置かれ、華雄将軍とその副将、胡診将軍と軍師、李濡が現状整理をしていた
「さらに先程、十里ほど離れた所に、袁、曹、公、などの旗があるとの報告が…どうやら孫堅は様子見がてらの先鋒のようです」
「…李濡、こちらの現状は？」
「兵の数は三万。いずれも実戦経験が浅いですが、こちらにとっては防城戦。幾許かは分があるかと…」
「ふむ…」
「いかが致します？」
「胡診、とりあえず兵士達を鼓舞しろ。経験が浅い上、大軍と聞いて怯えている者もいるだろう。あと、斥候をもう一度放ち、袁紹軍らの様子見をさせよ」
「はっ、心得ました。ではさっそく」
「ん、頼む」
胡診は華雄に一礼してから部屋を出ていった。それを見届けてから李濡は大きな溜め息をついた。
「はぁ〜〜〜…」
「李濡、どうした？」
「どうしたもこうしたもありませぬ。相手は勇猛果敢な呉の兵が五万。こっちは実戦不馴れの兵、中には戦場を知らんやつが二万五千と将軍の腹心の兵が五千……勝てたモノではありません……」
華雄の腹心は黄巾党の乱で剣を振るった者が多く、経験者ばかりだが、その他の兵は黄巾党の乱以降に軍に入った若造ばかりであり、実質、戦力になるか怪しいものだった。
「しかし、さっき貴様が言ったように我らにとっては防城戦。兵法によれば、城を落とすにはその城の三倍の兵数が必要だ。幸い、補給線は断たれていない。籠城も可能じゃないか」
「孫堅だけならば…後ろには袁紹や曹操までいるでしょう？」
「しかし十里も離れている。こちらに到達するには時間が掛かるぞ？」
「むぅぅ…」
しかし李濡は頭痛がしているかのように頭を抱えている
「それに、簡単に孫堅の軍を追っ払う事も不可能ではない」
「…なんですと？」
李濡は華雄の意外な言葉に目を丸くさせ顔を上げた。その表情に華雄はむっとした
「貴様、俺を誰だと思ってる？猛将、華雄様だぞ？虎は虎でも老虎なんぞに簡単に呑まれんはせんわ」
「す…すると…」
「明日、俺を先鋒として戦場に出る。孫堅の首なんぞ、あっと言う間にとってみせるわ」
ふんと胸を張り、華雄は席を立つ
「ちょ…将軍！」
「危険は十も承知。もし俺が負けたら急いでここを捨てて逃げろ。分かったな。俺は明日に備えて寝る」
返事も聞かずに華雄は部屋を出て行ってしまった……
一方、その日の夜…孫堅の陣では…
「そうか…ご苦労。休んでよし」
「はっ！」
軍の大将が眠る大型天幕の中から兵士が出ていった。
中に残っているのは二人。片方は白髪が混じり、髪が灰色になっている男…孫堅。もう片方は、頭をちょんまげに結い、しっかりとした顔つきの青年…孫策である
「いっっよぉっしゃぁぁぁぁぁぁぁ！親父！準備万端だな！」
兵士が出ていくのを見送った孫策が軽くガッツポーズしながら孫堅に向き直った。しかもその声はとても大きい。
「そうだな…」「そうか…??水関を守ってんのは華雄ってのか…強いのかな、親父!?」「…多分な」「よぉっし！明日は腕がなるぜぇ！な、親父！」「……うむ」「相手はどう出るのかな…バーッて出て来るかな!?それとも策を使ってくるかな!?いやいや、ここは正当法で籠城か!!?くぅっ!!どれにしても敵をぶち破るのはワクワクするぜぇ!!なぁ！おや」
「…く〜っ…す〜っ…」
「…ありゃ？」
どうやら孫策が捲し立てている間に寝てしまったようである。さすが親子。もうこの大音声には慣れっこという所か
「寝た親父を起こすのは流石に忍びねぇな…今日はもう寝るか」
そうして孫策が大型テントから出ようとした…
「おろ？お前ら、起きとけよ〜？」
門番が何故か耳を塞ぎ、悶絶していた。
次の日の明朝、??水関を出た早馬の報告を受けた洛陽では……
洛陽の城の会議室。そこに、諸々の将が集まっていた
「かくっち、どうする？俺が軍を率いて??水関まで行こか？」
張遼は迅速な将で、その行軍の速さは天下に名を知らしめていた
「いや、張遼は呂布ともに虎牢関に行ってくれ。そこで華雄と落ち合わせる。まだ敵の全貌が明らかでない以上、バラバラで戦ってはダメだ」
「おう！」「……(コクリ)」
「ねぇ賈駆ちゃん、アタシもぉ、行った方がぁ、いいじゃないのかしらぁん？」
ここで口を挟んだのは少々目を引く巨漢である。身の丈は３ｍよりちょっと低め。筋肉隆々で、頭は弁髪で腰まで届くくらい長い。しかも腰巻きしかしていない。その上喋りながらポージングしている。
正直、見るのも辛い
「…え〜と…だな…」
「……？」「……！」
賈駆がチラッと張遼と呂布に視線を向ける。呂布は視線に対し『何？』と小首を傾げる。張遼は脂汗をかき、目からは懇願の念が感じとられた
（頼むでぇ…かくっちぃ…）
しかし…
「…うん、貂蝉は素手でも戦力になるから二人と共に行け」
「！！！」
賈駆は張遼の念を無視した
「わかったわ♪御主人様に仇なす者は、アタシがぁ…」
すると巨漢は腕を腹の前に寄せ、大胸筋をアピールするようにポージング。
「コテンパンにぃ」
次に腕を『コ』の形にするように背筋をアピールするポージング。
「のしちゃうわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」
最後に極めつけと言わんばかりに腕を大きく広げて全体の筋肉をアピールさせた。
「「「…………………(全武将)」」」
「あ、あと、残りの将はここに残り、非常時に備えよ。以上。支度してくれ」
「「「了解！」」」
賈駆の呼び掛けに喜々とした声が応答し、各々が部屋を出てった一方で、
「かくっちぃぃ！俺も居残らせてぇぇぇ！」
「……………」
「えぇい離れろ！こんな非常時に何を言うか！董卓に事情を話さなければならん！あっこら！服を引っ張るな！」
賈駆にしがみついて懇願する張遼とぼーっとしている呂布の三人が部屋に取り残された……
同じく、城の玉座の間。
「御主人様ぁ〜ん！(*^o^*)」
扉が潰れたような音と同時に、先程の巨漢が飛び入ってきた
玉座の椅子には一人の青年が頬杖をしながら顔を伏せて座っていたが、巨漢を見るなり顔を上げ、ニッコリと微笑みながら迫り来る巨体に話しかけた
「おぉ、貂蝉か。一体どうした？そんなにご機嫌で？」
巨漢、貂蝉は青年の膝に横向きに座り、腕を青年の首に回した
「アタシねぇ、虎牢関に行く事になったの！そこでねぇ、御主人様に仇成すお馬鹿さん達を、ギッタンギッタンにするのぉ!!」
みり…
何かが生々しくきしむ音がする
「はっはっは、そうか、それは心強い。頼りにしてるぞ、貂蝉」
「いやぁぁん♪御主人様にアテにされちゃったぁ♪貂蝉頑張るぅ♪」
みりみり…
音は徐々に大きくなってゆく…その音と共に董卓の顔色が悪くなってゆく…
「…ところで…貂蝉…」
青年が少々息苦しそうに口を開く
「なぁに？御主人様ぁ？」
みりみりみりっ…
ぐき
「ぅぉぁ……」
「……御主人様？」
「失礼するぞ、とうた…ちょ、貂蝉！貴様何してる！」
何か硬いものが折れ曲がるような音と共に、張遼達を引きずりながら賈駆が入って来た
「何って、愛の抱擁よぉ？」
「馬鹿！董卓の顔色を見ろ！真っ青を通り越して紫になりかかってるだろ！とりあえず離れろ！ってか、貴様もだ！」
「あうっ」
賈駆は張遼をひっぺがし、ぐったりとする董卓に駆け寄る
「董卓！しっかりしろ！董卓!!」
「う゛…う゛ぅ゛…」
しかし董卓は白目をむいてとてつもなく死に近い老人が出すような声を発している
「董卓！とーうーたーくー！」
「ちょっと、どいて」
事の重大性を察したのか、一旦自分の配置換えをせがむのをやめた呂布が賈駆を押しのけた。
「ちょっと…荒療治、する」「荒療治？」
呂布は董卓の頭と肩をしっかりと持ち、首をまっすぐにして
「えい」
グキリ…
「なっ!?」「あ゛…」
思いっきり頭を体に押し込んだ
「もひと…」
「待て待て待て待て！これ以上何する気だ!?やめろっ！」
賈駆と張遼が急いで呂布を董卓からひっぺがす。その行動によってついでに董卓が床に突っ伏す
「そやでりょーちゃん！コレ以上したらとーちん死んでま」
「誰が死ぬんだ？」
いつの間にか４人の前に董卓が首をさすりながら立っていた
「うわっ!?化けて出るの早っ!?」
「失礼な…三途の川が見えた気はするがな…で賈駆、何の用だ？」
「…え…あ…あぁ…」
驚いて呆然としていた賈駆は董卓の呼び掛けに我を取り戻し、出撃の模様を説明した。
「……というわけで、張遼、呂布、貂蝉を虎牢関に向かわせて、華雄も合流させる。早馬ももう飛ばした。董卓はここに残ってくれ」
「むう…私も行った方が士気も上がるのでは？」
「確かに上がるだろうが今回の戦、負け色が強い。いざとなったらお前だけでもこの洛陽から逃げてくれ」
「しかしそれでは」
「心配しなさんなとーちん！」
バンッと張遼は董卓がよろめくくらい肩を叩く
「俺らが逃げる時間くらい作るから。もしも俺らが負けたらしっかり逃げてぇな、なぁ？」
「……(コクリ)」「そうよ御主人様♪」
同意を求められた2人は間を開ける事なく、同意した
「…………わかった…お前らの心遣いに感謝する」
董卓はうつむきながら声を絞り出した
「ほんじゃ、出陣の用意してくるわ！」
「…アタシも…」
「アタシもしてくるわ、御主人様♪」
「あんたは出陣しない方が俺には助かるんやがな…」「いやぁん、張遼ちゃんの、イ・ケ・ズ♪」
「…タタッキッテヤリテェ…」
３人はやいやい言いつつ玉座の間を後にしていった…
「…賈駆よ」「ん？」
賈駆が董卓に向き直ると、董卓は目頭を赤くしながら閉められた扉を眺めていた
「…俺は…忠臣に恵まれたな…」「…あぁ」
「その忠臣全てを失うのは惜しくないか？董卓殿？」
「っ!?」「誰だっ!?」
感傷に浸っていた二人の後ろから声がかけられ、二人は即座に得物を構えた。
玉座の椅子の後ろから出てきたのは……
「…貴様に手を貸してやろう…さすれば…そうだな…袁紹…いや…曹操の首に手が届くやも知れないぞ？」
ニタリと陰気な笑顔を浮かべた左慈であった……