注意：CEROレーティングC（血の描写を含んでいます）（笑）
左慈には納得し得ない事があった。
今回の世界での、袁紹率いる連合軍が形成され、侵攻を開始した事である。
連合軍は今までには董卓の暴政により民が困窮を極めていたのを理由として攻めてきていた。だが、今回は董卓は暴政を行なっていない。さらに洛陽には、董卓の後ろ盾として、皇帝がいる。つまり洛陽を攻める事は皇帝を攻める事につながり、正当な理由が無ければ国家に反逆したと言う事にもなりかねない。
では、どうして今回、連合軍は攻めてきた？
その理由を一枚噛んでいるヤツに左慈は心当たりがあった。
袁呂智である。
やつが誰かを煽ったか、はたまたやつが袁紹などに化けて軍を率いてきたのか、それは定かでは無い。しかし、元々をたどって行けば確実に袁呂智に近付く事になる。
だから左慈は、董卓に加勢する事にした。
「貴様…何者なんだ？」
賈駆が左慈に尋ねる。しかし、持っている鉄扇に込める力は変わらない。
「俺か。道術士だ」
「道術師？何の用だ？」
「そんな事どうでもいい。それで、力を借りるのか？借りないのか、どっちだ？董卓殿？」
「たわけ！貴様一人に頼って我らに何の利が…」
「貴様にはきいていない。黙っていろ」
左慈は賈駆の額に指を向け…言い放った。
『閉・黙』
「ッ!?」
次の瞬間、賈駆の口が閉まり、さらに声も出なくなったなった。
「ン!?ンンン!!?」
何を言おうとしても呻き声のようにしか発音できず、さらに、まるで空気の侵入さえも拒むかのようにぴったりと唇は合わさり、指を使い無理にこじあけようとしても、全く開かない状態になっていた。
「か…賈駆!?」
「さて…どうかな？董卓殿？」
「くっ……」
董卓の頭の中には葛藤が起こっていた。
確かに、戦局は絶望的。猛将と言われた仲間が全員死に絶える可能性も否定できない。
ところが、目の前にいる男は敵の総本山の首を取れると言う。
手が届く、という言い方からして、毒殺などという回りくどい方法ではないであろう。
さりとて、信用するには危険すぎる。
第一、この男の身分も何も知らない上、相手の刺客である事も否定はできない。
「…まぁ俺を信用しろと言うのも無理だろうな…ひとつ予言をくれてやる」
葛藤の最中で頭を悩ませていた董卓に、左慈が告げた。
「予言？」
いぶかしげに問い返す董卓に、左慈は“予言”を告げた。
「華雄は討たれるぞ。しかも雑兵にだ」
「ンッ!!?」「何ッ!!?」
「俺は道術士だと教えたな？もしこの予言が当たり、道術士として俺を信じ、力を借りたければ虚空に俺の名を呼べ。俺の名は…左慈だ」
一方的に告げると、左慈は指を鳴らした。
すると、左慈の身体は陽炎のように揺らめき、跡形も無く、消えた。
…ちなみに。
「…ンンンンンン？(俺の口は？)」
賈駆は未だに喋れなかった。
その頃、止水関では激戦が始まっていた。
「おっしゃぁぁぁっ!!いっくぜ野郎共ォォォッ!!」
『うおぉぉぉぉッ!!!!』
戦場で開戦の声を上げたのは、孫策であった。
いや、咆哮と言った方がよいだろうか。その声は、その音量により、回りの空気を震撼させた。
その咆哮は、関を攻める“虎”に威勢を、関を守る“獲物”には、恐怖を掻き立てさせた。
「うおぉぉぉぉぉぉッ!!」
孫策は先陣を率いて、釣り野状の陣（先鋒が突出し、五角形を象る陣）を敷き、敵陣、華雄の軍に突撃していった。
この時、孫策は、ただただ、華雄の首を取る事しか頭に無かった。
「相手の大将は孫策か」
「はっ！先鋒を率いてこちらに突撃してきます！」
「…ふん」
華雄は鼻を鳴らした。
嘲笑である。
（虎の子は猪…か…）
華雄は迅速に兵に指示を出した。
「鶴翼の陣（味方から見てＶ字型の陣形。）を敷け。中央は私が取る。孫策をおびき出す。孫策が私に向かって来たら陣を変更。車掛かりの陣（六角形の陣形）で孫策を孤立させろ」
「ハッ!!」
伝令が反射的に散り、部隊に命を伝えていった。
結果は上々。策は成功した。
ところが…
「孫堅様！孫策先鋒隊が敵に包囲された模様!!」
「…ふぅ…」
（やっぱりか…）
孫堅は伝令から予想通りの報告を受け、溜め息を漏らした。
「如何致しますか!?」
伝令は呉の次期王、孫策の危機に慌てつつ、孫堅の命を仰いだ。
それに対し孫堅は…
「…ほっとけ」
「はっ…は!!?」
ものすごい投げやりな命を下した。
「聞こえんかったか？『ほっとけ』と言ったんじゃが…」
「え…あ…あの…」
伝令は未だに言ってる事が信じられず、オロオロしていた。
その様を見ていた武将が、声を荒げた。
「…えぇい！早くせんか貴様!!」
「ひっ!?」
孫堅の側近、黄蓋である。
頭は禿げており、顔にしわが大量に見られるものの、体はがっしりした筋肉質であり、老齢には見れない。
伝令に放った声にも張りがあり、その声の大きさに、伝令は面食らった。
孫堅が若い頃から仕え続けた忠臣である。
「お館様が『ほっとけ』と言うとるのじゃ!!さっさと他の隊に伝えに行かんかいワレェ!!!」
「は…はひぃっ!!」
獅子の咆哮のごとく怒鳴られた伝令は、目の端に薄く涙を浮かべながら急いで走り去った。
「全く…最近の若いモンはたった４文字の言葉も伝えられんのか…ところでお館様…」
「孫策なら大丈夫じゃろ」
黄蓋が言おうとした事を察知し、孫堅が応えた。
「あいつは包囲されたくらいでへばる軟弱な子虎ではないわ…どうせケロッとして帰ってくるわ」
孫堅の予想は当たった。
「も…申上げます！そ…孫策隊、包囲されつつも減速せず、こちらに突っ込んで来ます!!さらに、右翼、左翼から突いた部隊が壊滅しました!!」
「な…何!?そんな馬鹿な…」
届いた報せを、華雄は信じられなかった。
数でも、勢いでも勝っているのに、敵を滅せられないのは、兵法上、ほぼありえない事だ。
それだけ孫策の武がすごいものであるという証拠に他ならなかった。
そこへ……
「見ぃぃぃつけたぜぇぇぇぇぇぇ!!華ぁぁぁ雄ぅぅぅっ!!!」
孫策の叫び声が轟いた。
「うっ!?」「ひっ…ひぃぃっ!!」
華雄も、周りの護衛兵士も、その声に面食らった。
見れば華雄の正面で、囲んでいる敵兵士を馬上から槍で斬り伏せている孫策が華雄に叫んでいた。
その姿を見て、次に奴の
その内容は……
「今日は旗色が悪いから一旦帰るぜぇっ!!」
「…はい？」
見事な撤退宣言だった。
「じゃっ!!そゆことでっ!!野郎共っ引き上げるぜぇぇぇっ!!!」
『オォォォォォォォッ!!』
次の瞬間、孫策と部下はすぐさま回れ右、自陣へと駆けて行った。
「「「「…………」」」」
「…伝令せよ…」「…はい…」
あまりにも訳の分からない孫策の行動に華雄本隊が数秒間沈黙後…華雄は命じた。
「孫策を追撃したい奴は追え。俺は帰る。なんか疲れた」
ちなみに他の隊は孫策隊の反撃が痛く、みな華雄とともに撤退した。
「…ってぇ事で帰って来たぜ!!親父!!」
「ダアホ。そこまで行って帰る奴がおるかこの馬鹿ムスコ」
超ハイテンションで帰還報告をする実の息子を叱責し、『とりあえず休め』と軽く釘を刺して退室させてから、孫堅は頭を抱えた。
「…よりにもよってあんな馬鹿な帰り方をするとはのぅ…どうするか……」
残念ながら孫策の出陣により『あんな無謀な武将と出陣したくない』と、士気が激減してしまったのだ。
このままでは勝てる戦も勝てないと孫堅が頭を悩ませていた矢先……
「お困りならば、拙者に任せていただけませぬか」
一人の男が入って来た。
背が高く、がっしりとした体付きで、顎には腰まで届きそうな髭をたくわえ、背に龍が刃を咥えているような装飾を施した薙刀を背負っていた。
「…誰じゃ？ぬしは」
「これは失礼を致した」
改めて男はお辞儀をし、孫堅のすぐ前まで歩み出て跪き、自らを明かした。
「我が名は関羽。姓は関、字は雲長。義兵団“桃園団”の副団長を務めてござる。我が桃園団の名を全軍に知らしめるべく、我れが華雄に一騎討ちを申し込みとうござる。何卒、御許可を戴きたく…」
関羽は深々と頭を下げ、孫堅に許しを請いた。
「ふぅむ……よし、行ってこい」
（雑兵一人が散ってもそれほど士気には影響せんじゃろうし…ほんとに華雄を討てばもうけもんじゃ）
そう考えた孫堅は、関羽に出撃を命じた。
「華雄将軍！将軍に、呉軍の雑兵から一騎討ちが申し込まれてきました！」
「何？俺に？雑兵から？」
正面からうって出るのは厳禁と決め込み、策を考えていた三人のうち、李濡、胡診は、この報を聞き二人して顔を見合わせた。
「…どう思う？李濡？」
「さぁ…呉軍の雑兵で武に優れていると聞くものはいませんし…」
二人してひそひそと話していると、話の中心である華雄が大声で笑い出した。
「ガハハハハハ！『董卓の元にその名有り』と言われた俺に一騎討ちを申し込むとは面白い！受けてたってやろう!!真っ二つにしてくれるっ!!」
「え!?あ…将軍!?」
「ちょ…お待ちくださ…」そう言って華雄は制止する二人を無視し、すたすたと部屋から出て行った……
「お？」
馬に乗り、関の門を出たところで華雄は、相手を確認した。
相手は髭を蓄えた男で、門から少し離れた場所で馬に乗って待っていた。
手には、龍を象ったと思われる、大きな薙刀…偃月刀(エンゲツトウ)が握られているのが分かった。
華雄が馬の歩を進め、男に近付き、離れたところから問い掛けた。
「貴様が俺に一騎討ちを申し出たヤツか？」
「いかにも」
男は、馬上で深々とお辞儀をした。
「ふん。礼儀は心得てるらしいな…名は？」
「我が名は関羽。義兵団『桃園団』の副団長を務めてござる」
「ほう…腕に自信はあるんだろうな？」
「…それは…」
その言葉に対し、関羽は下ろしていた武器の矛先を、華雄に向けた。
「貴公の身で実感していただこうか」
「…なぁにぃ？」
華雄はギッと華雄を見る目を鋭くして語り始めた。
「我が桃園団の団長、劉兄者は義を重んじる人である。あの方は、この国…否、この大陸すべてを統べるにふさわしい方だ。しかしながら、今は地位も、名声も低く、その名はほとんど知られていない。よって、我や我が弟、翼徳が活躍し、桃園団と共に、兄者の名声を上げねばならぬ。兄者の事を知れば、自然と民は兄者を慕い、各国の要人は兄者を認めるであろう。貴公はその第一の足掛かりとなってもらおう」
「…貴様ァ…言わせておけばァッ！」
華雄は明らかに怒気を含んだ口調で関羽に叫んだ。
「散々自分の君主か団長か兄か知らんが自慢した挙句、俺を足掛かりにするために討つだと!?ふざけるな!!代わりに貴様の首を刎ね、真っ先に貴様の兄を斬り殺してくれる!!覚悟しろ!!関羽!!」
もう言い終わるか否か確認する前に、華雄は馬を走らせた。
「…これぐらいの挑発に乗るとは…愚かな…」
しかし関羽は馬を動かす事もなく、ただ、偃月刀を縦に構えた。
「死ねェ！関羽ゥゥゥッ!!」
「我が青龍偃月刀の錆となれ！華雄!!」
決着は、ほぼ一瞬でついた。
片方は通り過ぎ様に真直ぐ相手の首を狙い、握る得物を薙いだ。
もう片方は、構えていた武器を方手に持ち、矛先を天から地へ回し、相手の馬の斜め下から振り上げた。
後者の刃は、まず、馬の首を墜とした。
それはそのまま勢いを殺さず、相手の首に、刺さった。
「ガッ!!?」
この時、前者の刃は、力なく、相手の胸当てに当たった。
「ぬぅぅぅぅんっ!!!!」
そのまま、後者は首を落とさずに、相手を身体ごと頭の無くなった馬から引きはがし、振り投げた。
ズボォッ…
刃から逃れた物体は弧を描き、地に、墜ちた。
ゴギリ…
プッシャァァァァァァッ!!
頭から墜ちたソレは、音を立てて着地し、紅き噴水と化した……
そして、名乗りが、上がった。
「敵将、華雄！この、桃園団、副団長！関雲長が討ち取ったァァァッ!!!」