概要
ヴェネツィアとその潟は118の島、176の運河、400以上の橋からなる海上に築かれた都市とその周辺に点在する潟（ラグーナ）である。6世紀に異民族の侵攻を受け海に逃げ場を求めたヴェネト人がトルチェッロなどの潟に都市を築いたのが始まりとされる。7世紀には本格的な建造物が立てられ、8世紀には未だビザンチン帝国の支配下にあったものの実質的には共和国として独立、9世紀に聖マルコの遺体がこの地にもたらされると総督はそれを新たな守り神としヴェネツィアの統一と独立を内外に示した。15世紀に共和国は最盛期を迎え、地中海における東西貿易を独占し「アドリア海の女王」と称された。しかし、15世紀末にアフリカ経由の新通商路が発見された頃、オスマン帝国の強大化も影響し緩やかに衰退。1797年にはフランス革命中のナポレオン軍に制圧され約1100年の共和国の歴史に幕を下ろした。潟に建つ建物は土台としてまずカラマツなどの杭を深く打ち込み、杭は空気に触れないため腐らずその上にクロアチアから運ばれたイストリア石とよばれる耐水性に優れた石灰質の石を積み、その上に建っている。そのためヴェネツィアは町を逆さにすると森が現れると言われる。現在は地盤沈下が進み、世界各国からの支援を受けて救済活動が行われている。基本情報
遺産種別/登録基準
文化遺産/(i),(ii),(iii),(iv),(v),(vi)
登録遺産位置
イタリア共和国
ヴェネト州
北緯45度26分 東経12度20分
ヴェネト州
北緯45度26分 東経12度20分
登録遺産面積
記載なし
登録年月
1987年
登録基準の具体的内容
(i)
ヴェネツィアは他に類を見ない芸術性を持つ。118の小さな島々に建てられたこの都市は、水面に浮かんでいるように見える。その脳裏に焼き付くような美しさが、カナレット、グアルディ、ターナーなどの画家に、言葉に出来ないほどの美に関する刺激を与えた。ヴェネツィアの潟には、トルチェッロ島の大聖堂からサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂まで、世界でも最高級の傑作が集まっている。サンマルコ広場、ドゥカーレ宮殿、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂、聖マルコ同信会館、サンロッコ教会とサンリッコ学校、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂などの建造物群はヴェネツィア共和国の比類なき黄金時代の様子を今に伝えている。
(ii)
建築と記念碑的芸術の発展に及ぼすヴェネツィアの影響は非常に大きいものである。第一に、セレニッシマのフォンダコ（ヴェネツィアの商館）または取引所を通じて、ダルマチア沿岸、小アジア、エジプト、イオニア海の島々、ペロポネソス半島、クレタ島では前出のヴェネツィアの建物を参考にして建造物が造られている。ヴェネツィアは偉大な画家たちによって、その影響力を大きく変えた。ベッリーニとジョルジョーネ、続いてティツィアーノ、ティントレット、ヴォロネーゼ、ティエポロは空間、光、色の認識を完全に変え、ヨーロッパ全体の絵画や装飾美術の発展に重大な影響力を残した。
(iii)
ごく僅かに残る未だ開発がされていない場所が、ヴェネツィアをヴェネツィアたらしめていることの証拠となっている。また、アドリア海の女王と呼ばれたこの海の愛人は、イスラムとキリスト教との間の東西のつながりであり、数千の建築や痕跡が残っている。
(iv)
その素晴らしさを示す比類のない建築的調和がヴェネツィアにはある。サン・マルコ広場やその小広場（大聖堂、ドゥカーレ宮殿、国立マルチャーナ図書館、コッレール博物館）などの偉大な建築から、13世紀の聖マルコ同信組合病院、同慈善・生協施設を含む6つの地区（セスティエリ）の路地と、町に点在する小規模な広場にあるもっと控えめな住居まで、ヴェネツィアは中世の建築の完全な姿を残している。その特筆すべき価値は、この町の特別な要件に適応しなければならない都市環境の卓越した特性と関連している。
(v)
地中海地域において、ヴェネツィアの潟は不可逆的な自然と気候の変化の結果として脆弱になっている植物の生息地の優れた例である。泥だらけの潟（海水面の上下に出入りする湿地）が島と同様に重要であるこの一貫性のある生態系では、杭上住宅、漁村、田園は広場や教会以上に保護される必要がある。
(vi)
ヴェネツィアは敵対的な民族に対する闘いにおける勝利を象徴している。また、この都市は人類の歴史に直接的かつ明確に関連している。この「アドリア海の女王」はラグーンやアドリア海、地中海を遥かに超えて影響を与えた。ヴェネツィア出身のマルコ・ポーロ（1254-1324）は、中国、安南、トンキン、スマトラ、インド、ペルシャを探訪した。サン・ロレンツォにある彼の墓は、アラブ人のあと、ポルトガル人よりも遥か昔に、世界の発見にヴェネツィア商人が関わっていたことを思い出させる。
ギャラリー
カナル・グランデ
カナル・グランデとは大運河の意味。ヴェネツィアの町を逆S字に流れる全長3キロの幹線水路。両岸にはかつて交易で財を成した商人の館パラッツォが並ぶ。パラッツォとは英語のパレスに相当するイタリア語。カナル・グランデではヴェネツィアの祝日にはゴンドラレースが開かれている。
リアルト橋
「白い巨象」とよばれるリアルト橋はカナル・グランデにかかる4つの橋の一つで、カナル・グランデのほぼ中央にあるヴェネツィアの代表的な橋。12世紀に造られた橋は木造の跳開橋であったが、1591年に現在の橋が再建された。橋の上に造られている柱廊はその後増築されたもの。周囲は比較的海抜が高いことからヴェネツィアでも最も早く集落ができ、橋の袂には旧ドイツ人商館などがあり古くから商業の中心である。
リアルト橋より
ヴェネツィアには自動車が立ち入ることができないため、唯一の交通手段は船である。写真に左手に映るカナル・グランデを進む船はヴァポレットという水上バス。他にもタクシーのようなモーターボート、トラゲットと呼ばれる乗り合いの渡しゴンドラがある。
サン・マルコ広場
かつてナポレオンが世界で最も美しい広場とたたえたサン・マルコ広場。南面は海に面するヴェネツィアの玄関口でもある。写真左はコッレール博物館でありヴェネツィアの歴史と人々の暮らしぶりをしのばせる展示品が特徴。右側は新行政館。
サン・マルコ大聖堂
832年創建のヴェネツィアの守護聖人聖マルコを祀る大聖堂。現在の建物は1094年に再建されたもの。丸屋根が特徴的なビザンチン様式が特徴的な大聖堂で、内部は総面積約4千平米のモザイク画に彩られる。増築を繰り返した大聖堂はその後花開いたゴシック様式、ルネサンス様式が融合している。建物正面は聖人像やモザイク画が並ぶ。
聖人マルコの遺体引き取り
サン・マルコ大聖堂の正面に描かれているモザイク画の一つ。7世紀末までビザンチン帝国の統治下にあってヴェネツィアではギリシャの聖人をはじめいくつかの守り神が信仰されていたが、9世紀この地方にゆかりのある聖人マルコの遺体を二人のヴェネツィア商人がエジプトから盗み出すと総督はそれを新たな守り神とし、ヴェネツィアの統一と独立を内外に示した。二人の商人は、聖マルコの遺骸を祀る僧院がイスラム教徒に襲われていることを聞きつけ、遺骸を買収した。その時、イスラム教徒に見つからないようにするため、イスラム教徒が忌み嫌う豚肉で遺骸を覆い、ヴェネツィアに持ち帰ったという。
鐘楼
サン・マルコ広場に建つ高さ96.8mの鐘楼。ヴェネツィアは湿地の上に作られた町で、地盤が軟弱なため16世紀に建てられた鐘楼は1902年に突然崩壊した。現在の鐘楼は1912年に再建されたもので、内部にはエレベータを備える。
時計塔
1496～1499年に建造された時計塔。デジタル時計を備えることが特徴。塔の上ではムーア人像が鐘を鳴らす。
ドゥカーレ宮殿
9世紀に築かれた城塞を14～15世紀に改築した総督宮殿。パラッツォ・ドゥカーレとも呼ばれる。国家元首である総督「ドージェ」の住まいであり行政に関わる全ての機能が集められていた。総督公邸のほか行政府、裁判所、武器庫、牢獄がある。内部にはヴェロネーゼやティントレットなどの傑作絵画が飾られている。
ドゥカーレ宮殿の中庭
ブロンズ製の井戸や奥に見える巨人の階段が見える中庭。
巨人の階段
総督ドージェの即位式が行われた巨人の階段。15世紀にアントニオ・リッツォによって造られた。新たにドージェとなった者は最上部の踊り場で宝石を散りばめた「コルノ帽」という帽子を頂きその地位についた。ドージェを選ぶ方法は独特で、抽選と投票を10回以上も繰り返しながら候補者を絞ることで徹底的に不正を排除した。また、ドージェの収入は低く、ドージェに選ばれた家が破産してしまうこともあった。千年に及ぶヴェネツィア共和国の歴史にドージェとしてその名を刻んだのは120人を数える。
黄金階段
金箔と漆喰、フレスコ画で装飾された黄金階段。16世紀半ばにサンソヴィーノによって作られた。かつては外国の要人など限られた人だけが通行することができた。
「海からの贈り物を受けるヴェネツィア」
元老院の間の天井画、ティントレットらによる「海からの贈り物を受けるヴェネツィア」。元老院の間は賢人会として共和国の行政を担う元老院議員が集まった部屋。
「天国」
世界最大の油絵とされるティントレットによる「天国」。完成までに8年の歳月をかけた。天井はヴェネチアの栄光と勝利を表すヴェロネーゼなどによる豪華な絵画で飾られている。大評議会の間は宮殿の中でもっとも広い空間で広さ約1300平米。貴族や裕福な商人からなる評議員2000人が一堂に会し重要な法律を定めた。
牢獄
1755年に建物最上階にある鉛の牢獄に収監されたヴェネツィア生まれのペテン師カサノヴァが、投獄から3ヶ月後に脱獄したことで鉛の牢獄は有名となった。鉛の牢獄自体はすでに取り壊されているが、宮殿内部には今もいくつかの牢獄が残されている。
ためいき橋
1600年、アントニオ・コンティーノにより建造の橋。ドゥカーレ宮殿と少運河を挟んで隣接する牢獄から、尋問を受ける囚人たちが溜め息とともにこの橋を渡ったといわれる。その他にも、ドゥカーレ宮殿の地下牢獄は満水時には水牢になったり、この橋を渡ると2度とこの世に戻ってこれないと言われ、橋の小窓からこの世に別れを惜しみ、溜め息を付いたという逸話もある。
サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会
大運河の囲うに立地するヴェネツィアン・バロックの最高傑作。ティツィアーノとティントレットによる壁画と天井が飾られている。1630年に2度めの猛威を奮ったペストが収束したことに感謝し建てられた聖堂。バルダッサレ・ロンゲーナによる設計。
サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会
サン・ジョルジョ・マッジョーレ島に建つ教会。ヴェネツィア貴族の宮殿建築で評判を高めた当時新進気鋭の建築家アンドレア・パラーディオにより設計された。
カ・ドーロ
写真中央に建つのがヴェネツィアン・ゴシック様式の邸宅で、ヴェネツィアで最も美しい建物の一つとされる。かつて外壁に金箔が用いられていたため、「黄金の館」と呼ばれる。左右非対称な外観が特徴で、現在はフランケッティ美術館となっている。
ヴェンドラミン・カレルジ館
天才建築家といわれたマウロ・コドゥッチの設計に基づき16世紀初頭に建てられた。ゴシックからルネサンスへの過渡期を代表する建築。かつてワーグナーが暮らした部屋があることでも知られる。現在は市営カジノとして公開されている。
バルビ館
正面にたつ大きな建物が16世紀に建てられたルネサンス様式のバルビ館。現在はヴェネト州庁舎となっている。
カ・ペーザロ
サン・マルコ大聖堂の行政官であったペーザロ家が17～18世紀に建てたバロック様式の館。現在は現代美術館と東洋美術館が入る。
カ・レッツォーニコ
現在は1700年代ヴェネツィア博物館となっている18世紀のバロック様式の建築。当時の生活を家具調度品などから垣間見ることができる。
アカデミア美術館
15世紀末の聖マルコの祝日のサン・マルコ広場の様子が描かれているジェンティーレ・ベリーニ作の「奇跡の十字架の行列」など、ヴェネツィア派、トスカーナ派の作品が収められている美術館。2018年現在、長期に渡り改修工事が続いている。
ゆがんだ建物
写真では少し分かりづらいが、ヴェネツィアは地盤が軟弱なため一部の建物が不等沈下により歪んでしまっている。他にも、ピサの斜塔ほどではないにしても傾いた塔などが目につく。
本島の迷路のような路地
街中に張り巡らされた細い路地により、ヴェネツィアは迷宮都市と呼ばれる。こうした複雑な都市となったのは、ヴェネツィア本島がもともとは小さなましまの集合体で、それぞれの島ごとに教会を中心とした街づくりが行われた他、蛇行する川の流れをそのまま運河として、それに合わせて道を作ったため。また、共和制の国家として都市計画を推し進める強大な権力者がいなかったのも理由の一つ。
ゴンドラ
長さ10メートル幅1.4メートルで、これは機能から生まれたデザイン。16世紀1万5千ものゴンドラが日常の足として運河を行きかっていましたが今では500艇足らずなった。
ゴンドラの櫂受け
すべてが同じように見えるゴンドラだが、この部分だけはゴンドラごとに違う。ゴンドラの漕手ゴンドリエーレ一人ひとりに合わせて手作りで作成されている。
アクアアルタ対策
ヴェネツィアでは10月から4月にかけて、北アフリカからの季節風によって少しずつ海面の上昇が始まる。アクアアルタと呼ばれる高潮現象で、ヴェネツィアは近年この高潮の被害にあってきた。ヴェネツィアの町では写真のような衝立を建物の入口に取り付け、浸水を防いでいる。高潮からヴェネツィアを守る取り組みとして内海と外海を遮断するモーゼ計画があり、2012年には完成の予定であったが、2018年現在、完成していない。
航路を示す杭と葦の湿地
ラグーナの水深は平均で1.5メートル。そのため、船が座礁しないよう、杭を打って航路を示した。敵が外海から侵入した際には杭を抜いて敵の船を挫傷させたという。また写真奥に見えるのが湿地で、ヴェネツィアはかつてどの島もこのような葦の生い茂る湿地であった。波による侵食などによってこの百年で湿地や干潟のおよそ八割が失われたが、2018年現在大量の土砂を投入しラグーナを元通りに再生させるプロジェクトが進められている。湿地や干潟は渡り鳥を含むラグーナの生き物にとっても無くてはならないものだという。
ムラーノ島
13世紀、火事が広まらないようにとの名目で、実際には技術の流出の防ぐため、ヴェネツィア本島のガラス職人たちは全員ムラーノ島に移住させられた。今でもヴェネツィアングラスの生産地として知られる。ムラーノ島は複数の島の集合体だが、ラグーナで最大規模の島である。
パラッツォ・ジェスティニアーニ館
17世紀の建物で、現在はガラス博物館となっている。古代ガラスから現代のガラス作品までが展示されている。
ヴェネツィアングラス
シリアの技術をルーツに持つヴェネツィアングラスは鉛を含まないのが特徴。ムラーノ島のガラス技術は17世紀から18世紀にかけて頂点を極め、次々と洗練されたデザインが生まれる中特に成功したのがシャンデリアである。ヴェネツィアングラスはヴェネツィアの富の源泉となった。
ブラーノ島
カラフルな家並みが特徴の漁師の島。漁に出た夫が家路につくときもやがかかった海上からでも家の見分けがつくようカラフルな色を塗ったといわれる。
ブラーノ島内陸
当初は漁師のためのカラフルな家並みであったが、今では内陸の家々もカラフルな外観をしている。
ブラーノ島のレース
空中編みと呼ばれる繊細なレースがこの島の特産。かつて漁に使う網を直す技術がレース編みに発展した。細かな手作業で完成した美しいレースはヨーロッパ各地の王族や貴族たちに愛された。今では本格的なレース編みは少なくなっている。
トルチェッロ島
ヴェネツィアの原風景を色濃く残す島。ヴェネツィアの最初期に発展したが、15世紀にマラリアの万円のため衰退し、現在は小さな漁村となっている。
トルチェッロ島の大聖堂と礼拝堂
左がサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂でラグーナ最古の建物。右にあるのがサンタフォスカ礼拝堂。ヴェネツィア共和国誕生以前のトルチェッロ島の繁栄の面影を残す。