壱ノ舞【プロローグ】
桜舞う夜―――
「そっちに行ったぞ、佐奈！」
男の声が響く。
満月の月が照らす夜とはいえ、夜半を過ぎれば首都圏郊外の夜は暗い。
首都圏は大変明るいため、どこの道にも街灯があるというイメージがあるかもしれない。しかし、夜の道に必ず街灯があるとは限らない。少なくともこの場では街灯などなく、人を寄せ付けない薄気味悪い闇が立ち込めている。
そんな街の闇に溶け込むかに男は駆ける。その男の格好をよく観察してみれば、黒髪に黒のパンツと黒のライダーブーツを履き、黒のトレンチコートを羽織っている。ほぼ全てが黒。あまりにも闇の中に立つにはふさわしくない出で立ちである。
一応その男のトレンチコートの下は白いワイシャツなのだが、みっちりと着込んだトレンチコートはその要素を完全に排除し、男を一層闇の中に紛らわせている。
まあ早い話が、『完全見た目不審者』である。
切れ長の目と無表情が少し冷たい雰囲気を与える青年である。
「任せて、お兄ちゃん！」
対して答えるのは少女。
ボブカットの茶髪に、セーラー服という出で立ち。黒を基調としたセーラー服である事を差し引いても、少女はどこにでもいそうな格好で、男とは対照的だ。
人によっては不良少女と思うかもしれないが、少女は清楚な印象を与える優し気な顔をした、いかにも美少女といった出で立ちであり、そのような印象も抱きづらいだろう。どちらかというと、家出の方を疑うかもしれない。
それでも、こんな真夜中にセーラー服を着た少女が笑みを浮かべながら走っているというのは少々異様だ。
そしてその異様さは、右手に握られた薙刀の存在によってさらに強められている。
そんな二人組の視線の先にいるのは、犬。
いや、犬と言ってしまっては少々語弊があるかもしれない。その目は赤く光り輝いているし、牙は犬にしては巨大すぎる。さらに四肢には妖しい輝きを放つ巨爪が備わっておりかなり凶悪で醜悪な外見をしている。
下手をすれば、狂暴化したサーベルタイガーと言った方が納得するかもしれない。
そんな醜悪な怪物が、その巨大な牙を少女に向けながら疾走してくる。
対する少女は、右手の薙刀を下段に構え突撃。―――真っ向勝負する気だ。
そのままどんどん少女と怪物の距離が縮まっていき、真っ向から相まみえるその直前―――
『黄閃断――――――！』
少女は何かを唱えた直後、薙刀を下から勢いよく振るう。
その直後薙刀自身が淡い黄色の光に包まれ、その軌跡を追うかのように黄色の閃光が走る。その閃光は刃のような石となって射出され、怪物に襲い掛かる。
しかしその斬撃が怪物に触れることはなかった。野生の勘とでも言うべき恐ろしい反射神経で横へ跳躍。自らを切り裂かんと迫る刃を回避し、そのまま道脇の標識のポールへと脚をかける。
三角跳びの要領だ。
怪物は一瞬で少女の攻撃を回避、さらに反撃まで加えてくる。
しかし―――
「さっきのはブラフ！！こっちが本命だよ！！！『刺突岩針―――――――！』」
少女は空振りした薙刀を即座に返すと、そのまま袈裟斬り―――。
三角跳びをした事で動きが直線的になった怪物はその斬撃を避ける事が出来ず、肩口から深々と切り裂かれる。
本来であれば、怪物自身の突進の勢いも合わさって両断されるはずであった。しかし怪物はその恐ろしい身体能力により、空中で僅かに体を捻ったことで両断をさける。これにより反撃のチャンスが生まれる。
この手の怪物にとって、この程度の傷は深手であっても致命傷ではないのだ。
怪物はその本能により、少女の頭を噛み千切らんと再度襲い掛かる。
瞬きの間に少女の首は噛み千切られて落ちるだろう。
獣の今生の間際というのはそれぐらいしぶとい。その無念・怨念は少女の体へ残酷にもその痕跡を深々と残し、命という儚い花を散らせる――――
それが普通であったならば。
少女の斬撃の後には、先ほどと同じく黄色の閃光が走る。
閃光は斬撃の延長線上の地面に黄色の輝線を描くと、その地面を一気に隆起させる。そして瞬きの間に、黄色の輝線のライン上に沿って無数の岩の針が形成される。
鋭い針が怪物を刺し貫く。
『ギャァァァァァ？！？！』
夜の闇に断末魔が響く。
無数の岩の針は怪物の残り僅かな生も刈り取り――――結果、怪物の牙は少女に届くことなく、虚空へと置き去りにされたままその猛威を収束させた。
●〇●
「随分と手こずったじゃないか、佐奈？」
黒ずくめの青年が少女に話しかける。
「いやいや、全部計算通りだからね、おにいちゃん？」
「何が計算通りだ！最初の打合せ通りだと、出現場所の公園で確実に仕留める筈だったろ。完全に公園出てんじゃねえか！この格好で街の中散々走り俺の身にもなれ……！！大体お前は、霊力の消費をケチろうと直前まで術を発動しないから咄嗟の行動が……」
「はいはい、わかったわかった。お兄ちゃん、そのお説教週に３回も聞いてればいい加減飽きるからね？それに目立ちたくないのはわかるけど、むしろ大声出して目立ってるのお兄ちゃんだからね。」
「お前なぁ……！！」
妹の口答えに青筋を立てる青年だが、そこで自分の懐に入っているスマホが振動していることに気づく。
青年がスマホを取り出すと、その画面上には「局長」と書かれている。
姿格好から全てを闇に溶け込む事に気をかけているため、当然スマホは常時バイブレーターのみだ。どうもスマホの通知欄を見る限り何度かこの人物から電話がかかってきてい
た様だった。動き回っていたせいで全く気付かなかったらしい。
ちなみに、自らの格好に合わせてスマホの色も黒にしている。
青年は「局長」からの通話に応答する。
「はい、南条です。」
『ようやく出たか一哉。何回もかけたんだぞ。』
「申し訳ございません。当初の殲滅ポイントからかなり動く事態となりまして気がつきませんでした。」
『しかし、今回のターゲットは……』
「ええ、重度Ｂ＋。本来の南条佐奈の実力であれば楽に殲滅できる対象でした。しかし、ターゲットに変異を確認。実際の重度はＡ〜Ａ＋という案件でした。」
『なるほど。状況は把握した。それで、南条佐奈の試験の方はどうだ？』
「紆余曲折はありましたが、無事【餓鬼狼(がきろう)】は南条佐奈一人で殲滅完了。資質・実力ともに申し分なしという事で、鬼闘師(きとうし)承認試験は合格という事でよいかと思います。」
『わかった。取り急ぎの報告ご苦労、南条特級鬼闘師。それでは、対策院にて承認確認後、南条佐奈の任官式へと取り掛かろう。』
「承知いたしました。それでは失礼いたします。」
青年―――南条一哉―――が電話を切ると、横からやたらとキラキラした視線が青年に注がれている。
一哉はその視線の主の少女―――南条佐奈―――へと向き直ると、今まで無表情だった顔を綻ばせると、両肩に手を延ばす。
「佐奈。聞いていたとは思うが、今回の鬼闘師承認試験は合格だ。対策院での承認後、お前は正式に鬼闘師として活動する事が認められる。――――よく頑張ったな、佐奈。」
『お兄ちゃん！！』
佐奈は満面の笑みを浮かべ、一哉の胸に飛び込む。
一哉はそんな佐奈の髪を優しく撫で、月を見上げる。月明かりに、舞い散る桜の花びらが浮かび上がった。
一哉は偶然が妹の門出を祝福してくれるのを嬉しく思いながら、帰路にくのだった。
この物語はある兄妹の物語。
兄―――南条一哉―――と、妹―――南条佐奈―――の物語。
闇の中で人知れず怪異と戦い続ける者の物語である。
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あとがき
11年ぶりにお久しぶりでございます。
武神です。
私のＨＰが独立してから考えても約９年ぶりにtaka cityさんのコンテンツ更新をさせていただきます。
本作品は私とtakaさんが二人で旅行に行っている際にほじくり返した黒歴史のリバイバル企画(11年前に書いていた小説)という事で執筆しております。
当初は妖縛記の続編だったのですが、あまりの設定のずさんさと文章のクソさに絶望し、設定を活かしつつも完全新作という立ち位置で新たに書き上げる事にしました。
基本的な考え方や１〜３話の話の流れは旧・妖縛記の流れを汲み、あらたなリバイバル作品として完成させたいと思います。
それではよろしくお願いいたします。
無事完結することを祈っておいてください…
(血迷ったらなろう辺りに投稿しようかしら…(笑))
2018.10.08 武神