※実在の地名、人物とは一切関係しません。
あくまで創作の中での話です。 未成年の飲酒描写が出てきますが、この世界では13歳からワインは合法になります。
※時系列が入り乱れるので、一部に補足をつけてます
(第11話)
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
[27日 23:00 皇国内 政治犯収容施設]
昔の事を思い出していた。
お父さん。 お母さん。
みんな死んでいった。
僕だけが生き残った。
僕は1人になるのが怖かった。 特に、夜が怖かった。 独りぼっちで眠りにつくのが。
眠りにつく時だけは、誰もが独りになるから。
僕の隣には、ずっと誰かが居てくれた。 お父さん。 お母さん。 ルーア様。 離れてはいたけど、神童総裁。 心だけは、みんなずっと残って、僕の側に居てくれるって、そう思ってた。 だから僕は独りじゃないって、そうやって自分に言い聞かせ続けた。
そう思って、ずっと、ノアの手を払い続けた。
この収容所の独房には、僕だけしかいない。 他に誰もいない。
どうして、こんな事になっちゃったんだろう。 おかしいな。 僕は自分の役目を果たしたはずだ。 シュラーフの反乱を扇動した。 武器の受け渡しも、戦略も、タイミングも、みんな僕が主導した。 間違いは無かった。 全てを捧げるつもりで、僕はルーア様と、神童総裁に尽くしてきた。 そうだ。 これは何かの間違いだ。 きっとそうに違いない。 南条のクズが神童総裁とルーア様を裏切ったんだ、彼はきっと怖かったに違いない、僕に自分の立場を奪われるのが。 だってきっと僕の方が役に立つ、彼よりは幼いけど魔法も使える、ちゃんと身体も鍛えてきた、それに、心も。 僕は情に絆されるつもりはなかった。 ずっと、ノアを憎み続けてきた。 彼女がどんなに僕に対して優しくしてくれても、僕を実の家族のように慕ってくれても、信頼してくれても………僕はずっと、心の中で、それを拒み続けた。 そして、最後に、ノアを地獄の底に突き落とした。 怒れる反乱軍の只中に。 彼女はどんな仕打ちを受けただろうか。 きっと、もう生きてはいないだろう。 ざまあみろ。 今まで散々、無知と蒙昧に甘えて、自分の眼を見開いて物事を見なかったツケだ。 あの無駄に澄んだ両目で、さっさと現実を見て欲しい。 トマト風情が。
……………………全部正しかった。 間違ってなかった。
なのにどうして。 僕は今、ここにこうして捕まっているのだろう。
これは神童総裁の御命令です。 南条はそんな事を言っていた。
嘘だ。 嘘に決まってる。 醜い嫉妬だ。 僕に自分の立場を取られるのが怖いに違いない、そうだ、そうに決まってる、神童様と、ルーア様が、僕を見捨てるはずがない、そんなはずがないんだ、僕は夫妻に気に入られてきたはずだ、大事にされてきたはずだ、これが終わったら貴方も皇国で一緒に暮らしましょう、ルーア様は確かに僕にそう言ってくれた、神童総裁も同意してくれた。 そのはずだった。 だからこれは、何かの手違いに違いない。 僕が手枷を嵌められて、罪人のようにここに閉じ込められているなんて、きっと正しくないことなんだ。 間違っているんだ。
…………………きっと、そうなんだ…………………………………。
ノア…………………………………………。
なんで、どうして、あいつのことが。 頭の中からこびりついて離れない。
ずっと、ノアだけが、僕の側にいてくれた。
いつでも。 どんな時でも……………。
こんな考えはやめよう。
ノアはもう確実に死んでいる。 生き残っている、はずがないんだから。
死んだんだ。 ノアはもう、居なくなったんんだ。 喜ばしい事だ。 もう温室トマトの面倒を見なくてもよくなった。 けっこう、あれはあれで大変だったんだ。 あんなクズに、あんな無知な王女風情に……………………。
どうして。 どうして、ノアの事が、頭から離れない。
あいつの憎たらしい笑顔。 何も知らない、無知と蒙昧に覆われた、あの笑顔を。
思い出すたびに………………………………………
僕は、狭い独房の壁に立てかけられたベッドに横たわった。
なんだ。 結局、僕のせいじゃないか。
僕は誰からも、必要とされていなかったんだ。
それに、ようやく気づいた。
悟りのようなものなのかもしれない。 でも、それはしっかりとした実感となって、僕の全身を、頭を、心を、そして魂を、薄いベールで覆った。 ノアは。 ノアだけは、僕がこんな事になっててもーどうしようもない、裏切り者のクズだとしてもー僕の事を心配してくれるかもしれない、気遣ってくれるかもしれない。 あの子は、心は優しい子だから。 だけど僕が、彼女を地獄に突き落とした。 決して冷めることのない永遠の悪夢の中に。 そういえば、アリアさんが言っていた、僕はノアとちゃんと向き合うべきだって。 取り返しのつかない事になるって。
………確かに。 もう取り返しがつかない事になってしまった。
僕は可笑しくなって、少しだけ笑った。 皮肉な話だ。 あれだけ憎み続けて、嫌で嫌でしょうがなかったノアだけが。 …………あの子だけが、僕の側に、最後の時まで一緒にいてくれたんだ。 もし、ノアに、全てを打ち明けていたら、どうなっていたのだろう。 ノアはきっと否定しただろう。 僕を詰っただろう。 どうしてそんな酷い事を言うの、貴方のことを信じてたのに、そう涙を浮かべながら叫び続けただろう。 そして、最後には、きっと、僕の言葉に耳を傾けて、悩みながらも受け入れて、考えるのだろう、自分がシュラーフのために何を出来るのかを。 バカなのに。 どうしようもない、無知な、トマト並みの密度しかその頭の中に持たない、馬鹿なのに。
……………本当にどうしようもないのは、僕なのに……………。
ノアの事が、今になって、どうしようもなく恋しい。 もう一度、僕を家族として、受け入れてほしい。 喧嘩しても、次の日にはちゃんと申し訳なさそうに、あやまってくれるえ、昨日は言い過ぎたって。 僕はそれを当然のものとして受け入れた、当たり前だ、お前は無知なクズなんだから、それくらい反省するのがせめて人として当然のことなんだって…そう思って……………。
僕は、自分の意思で、そんな彼女を葬ったんだ。
ねえ、ヘリオ………アイス、買ってこうよ。 ちょっとだけだから。
何がちょっとだけなんだ。 馬鹿。
…………………ちょっとだけ、ちょっとだけよ。 たまにはいいよね。
たまには？ 毎日の間違いだろ。
……………………まあ、そうとも言うかもしれないけど…………………
もしノアが生きていたとして。
万が一、僕がこれからノアともう一度、めぐり逢えたとして。
僕はどうしたら、ノアに許してもらえるのだろう。
家族として、友達として………。
僕は、自分で、自分の身勝手さに、嫌気がさした。
そんな事、もう、あるはずがないのに。
自分でも…………それだけは、ちゃんと分かっている筈だった。
もう消灯の時間だ。 怖い。 暗い。 暗くて、そしてやがて、もっと深くて暗い眠りが僕を覆う。 僕は横たわりながら、小さく歌を口ずさんだ。
I get down on my knees , And I start to pray
(僕は跪き、祈りを捧げる)
Till the tears run down from my eyes
(涙が僕の両目から零れ落ちてくるまで、僕は祈り続ける)
Lord somebody , ooh somebody
(ああ、誰か、誰かいないのかい)
Can anybody find me somebody to love ?
(僕を愛してくれる人は誰かいないのかい？)
………………やがて何も考えられなくなって、暗い眠りが訪れた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
[27日 8:00 ヴェルマーレ イチモ家]
…………頭が痛い。 昨日飲み過ぎた。お父さんはずっと電話で誰かと話してる、けっこう長い間話し込んでいる。 やれやれ。 ヘリオちゃん救出作戦って、なんか紗奈ちゃんが言って聞かなかったけど、どうするんだこれ。 まあ私これでも皇国出身ですからなんとかなりますよ、多分、紗奈ちゃんはそう適当に言ってたけど、さすがに難しいんじゃないか。 私はみんなが寝ている部屋ーミカエルは当然別室ーの扉を開けて、改めて頼もしい面々を見渡してみた。
ーノアちゃん。 脚が動かない。
ーハルカちゃん。 当然戦力にはならない。
ー紗奈ちゃん。 戦力になるけど皇国軍とかと戦ったら裏切りだ。
ーミカエル…別室…飛空挺の運転以外は役に立たない。
ーわたし。 車以外てんで無理。
……………頼もしい面々だ。
私はみんなを起こして回って、ノアちゃんに手を貸してあげて短くなった彼女の髪をちょっとだけ切り揃えて整えてあげて、服を着替えるのも手伝った。 その後でミカエルが寝ている物置部屋に行って、裸で寝ていたこのクズを蹴り起こした。
みんながようやく揃って、私達は食堂へ向かった。
珍しい事に、電話が終わったお父さんと、あとお母さんも待っていた。
ーアリア。 朝飯の前にちょっといいか。話がある。
…………？
わたしはお父さんに連れられて廊下に出た。
ー………アリア。 俺は正直心配だ。 皇国の領内に足を踏み入れたら、もう何が起こるかわからない。
うお。 お父さんが心配してくれてる。 珍しい事もあるもんだ。
ー茶化すな。 さっき藤鷹……藤鷹副総裁……から俺に連絡があった。 皇国の領内の端の方、シビル・ハンの空港で待ってるとな。 あそこは凍土の地だ、政治犯の収容所くらいしか無い場所だ。
政治犯の収容所……？
ーそうだ。 公にはされてないがな。 シビル・ハンはロクな場所じゃ無い、皇国の暗部だ。 何人もの思想家たちがそこで消されてきた。 王女の護衛も今そこにいるらしい、藤鷹の奴が連れ出すつもりだと言っていた。 …だが…………
藤鷹副総裁の話が真実である保証はどこにも無い。 そういうことね。
ーその通りだ。 俺はあいつも神童も昔から知っている。 人間を創り出す産業の基礎は藤鷹が整えた、優秀で頭も切れる奴だ、だが神童を裏切る理由が思い当たらん。
…………罠？
ーそれも考えにくい、罠なんぞ張る理由が無い。 奴らがもう全てを把握しているとなれば、そんな回りくどい手段を取る必要が無い。 ……第一、ノア王女や護衛がもし生きていたとして、シュラーフの仕組まれた内乱の事を全て暴露したとして、それすら今の神童の痛手にはならない。 もう既に皇国を中心とする主要国が集まって、資本の流通を一元管理する骨組みは可決された、この流れはもう止まらない。
……これは不自然な事で、考えにくい事だが。 おそらく、藤鷹が意図的に神童に情報を伏せて独自に何か動いている。
………彼が何を考えているかまでは、お父さんにも分からない。
ーそうだ。 だから危険だと言っている。 物事が良い方向に転ぶとは決して限らない。 アリア、お前は言ってもきっと聞かないだろう。 だからこれだけは言っとくぞ。 全員で、無事に帰ってこい。 俺と、母さんをあまり心配させないでくれ。
………………はい。 お父さん。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
[28日 6:00 皇国内 政治犯収容施設]
僕は少し軋む体をベッドから起こして、毛布を払いのけて、備え付けられた簡易洗面所で顔を洗った。 両手を拘束されてるってこんなに不自由なのか。 まあ僕にはそれがお似合いなのかもしれない。 僕は犬みたいなものだから。 総裁に尻尾を振って、元飼い主のノアに噛み付いて、噛み殺した…………
硬い扉の下に取り付けられた食事提供用の小さなシャッターが開いて、いつも通りの朝食が僕に提供される。 3食ずっと似たような貧しい献立。 粥みたいなのとか、カチカチに固まったパンとか……まあそういう類のやつ。 お、奇跡だ、今日はサラダが付いてる。 萎びて水分が抜けたようなレタスが何枚かと、あと……トマトの、輪切り…………トマトの………………
僕はまた、ノアのことを思い出した。 ノアは今どうしているだろう。 それとも、もう、この世の人では無いのかもしれない。 その輪切りのトマトをじっと見つめた。 グジュグジュのゼリーの部分が、なんだか、脳味噌みたいに見えてくる、違う、これはただの野菜だ、ノアとは関係ない、赤い果肉の部分が気持ち悪い、血…血みたいだ、滴っている、違う、関係ない、変な考えはやめろ、違うんだ、思い出させないでくれ、もう、ノアの事を…………
僕はもう、それを喪ったんだ…………………
僕は食事に手をつけずに、床に蹲って頭を抱えた。
許して……許して…………許してくれ………ノア………見ないで……………僕をそんな目で見つめないでくれ……………違うんだ………僕は………そんなつもりじゃ………
彼女はじっと僕を見つめている、僕の心の中で、ずっと……………
暗い目で………僕を見つめて…………呟いている。
ー助けて、ヘリオ、助けてよ、はやくわたしを、約束したよね、ずっと一緒にいてくれるって、ヘリオ、あれは嘘だったの、わたしはあなたを信じていたのに、愛していたのに、ねえヘリオ、どうしてわたしを殺したの…………
やめろ。 やめてくれ。
ーちゃんと見てよ、ほら、わたしをちゃんと見てよ、ねえ、ヘリオ、わたしを見てよ、この潰れた頭を見てよ、グシャって、貴方が渡してくれた銃で、わたしは自分の頭を吹き飛ばしたの、痛かったよ、とても痛かった、それに熱かった、わたしの頭が吹き飛んで、脳味噌が辺りに飛び散ったの、簡単に、潰れたトマトみたいに、グシャグシャになってしまったの、ねえ、ヘリオ、わたしをちゃんと見てよ。
違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う…………
ー違わないよ。 貴方がそれを望んだの、わたしの死を望んだの、ねえヘリオ、殺したかったんでしょう、わたしを、だからちゃんと死んであげたんだよ、怖かったけど、わたしは貴方の為にそうしてあげた、ねえ、ヘリオ、わたしをもっとちゃんと見て、トマトみたいに撒き散らされた血と脳味噌を見て、喜んでよ、歌を歌ってよ、高らかに、喜びの歌を、喜んでよ、喜んでよ、貴方がそうしたかったんでしょう、喜んでよ、喜びなさいよ、喜べ、喜べ、喜べ喜べ喜べ喜べよろこべよろこべよろーーー
許して……許してよ………………ノア……………………………
ー許す？ 変なこと言うんだね、ヘリオは、どうしてわたしが貴方を恨む必要があるの、恨んでなんかないわ、わたしは貴方が望む事を、してあげたの。
…………………………もう、やめてくれ…………………………
扉が開く音がした。
それでやっと、僕の中のノアは、声を上げるのをやめてくれた。
でもずっと、僕の方を見ている。 暗い目で。
ーーー釈放だ。
……………釈放？ 僕が？
ーーー私語は慎め。 おまえの服と荷物は正門に預からせてある、行くぞ。
………………誰が、僕を………………
看守さんは僕の質問には答えてくれなかった。 僕はよろよろと立ち上がって、震える脚で歩いて行った。 看守さんが僕の手枷を外してくれる。
僕たちは廊下を、長い廊下を歩いて行った。
正門で、服を受け取って、更衣室で着替えた。
車が、門の前に止まっている。 誰か、誰か男の人が、その中に乗っている。
窓が少しだけ空いて、乗れ、そう言われた。
ノアはまだずっと僕を見つめている。 僕が逃げ出すのを、解放されるのを、彼女は望んでいないんだ。
ーねえヘリオ、貴方は罰を受けてないよね。
……………………そうだ……………………
ー来てよ。 ヘリオ。 こっちに、一緒に。 約束、だったよね？
うん……………行くよ……………今行く………………
おいバカ、早く乗れ。 車の扉がもう開いている。
僕の事を、運転席に座った男の人が見つめている。 僕はこの人を知っている。
……………藤鷹………………副総裁…………………
やれやれ。 彼はそう呟いて、自ら車を降りて、僕の手を引っ張って助手席に座らせた。 そうして、僕と副総裁を乗せた車が走り出した。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
僕はそっと、失礼にならない程度に藤鷹副総裁を観察してみた。
彼はまだ若そうに見える、神童総裁と同い年だって言ってたから、まあそのくらいなんだろう。 その顔立ちは、どこか梟に似ていた。 うっすら白い髪の毛。 神童総裁とも、南条さんとも違うタイプの人間だ。 理性………。
ーあそこに何日いた。
その、2日………くらいですけど…………
ー飯は食ったのか。 あそこで。
はい、ちょっとだけ………。
ー………幻覚はもう見たのか。
幻覚？
ーあそこで出される飯に薬剤が混ぜられている、それを食うと、皆、遅かれ早かれ幻覚を見るようになる、自分が最も恐怖する物事をな。 神童がそれを思い付いた、古い時代の小説からヒントを得てな。 発狂か、餓死か、1週間と経たないうちにそうなる、もっと早い奴もいる、あそこはそういうところだ。
……………ノア………………。
ー………王女は生きている。 生きていま、このシビル・ハンのちっぽけな空港に着いている頃だ。 今から僕と君もそこに向かう。
………………どうして、僕を………………
ー君の事には興味が無い。 王女との間の個人的な事情も知らん、勝手にやってくれ。
とにかく、僕はハルカと会う必要がある。
……………ハルカ？
ー王女と一緒にいる。 神童もそろそろ僕の裏切りに気付く頃だ、その前に、あの子に真実を伝えなくてはならない。 ………神童とルーアには、言えなかった。 勇気が無かったんだ。 だが、あれはやっぱり間違いだった。 僕たちは人を創り出すべきじゃ無かったんだ。 人間のルールを破る行為だった。
…皇国の、産業のことですか？
ーそうだ。 僕は今でも神童がやろうとしている事には概ね賛成している。 強力な管理体制を設けなければ、滅びは目の前にまで迫っている。 残念なことだが、今この地球に生きている人間ー我々も含めてーの、絶対量が多すぎる。 それは明確な事実だ。
だが、人間を創り出すことだけは間違いだった。 従順な奴隷に置き換える為にな。 それだけは、やってはいけないことだった。
……あの産業を推し進めたのは、貴方ではないのですか？
ーその通り。 それが正しいと思ってた、あの子を…ハルカを…育てるまでな。
………育てた？ 貴方が？
ー僕と妻で、少しの間だったが育てた。 神童の娘さんを救う為にな、特別に用意されたドナーだった、心臓を持った、ルカちゃんと何の違いもない完璧なドナーだった、僕は初めは誇らしかった、あの技術は本当に完璧だったんだってな、そう確信したからな。 何日か一緒に過ごすうちに………ようやく…………間違いに気付いた。
………間違い？
ー………………そうだ。 それで僕は、やってはいけないことをした。 一生の罪だ。 誰も知らない、それに許されることの決してない罪だ…………話し過ぎた。 ここから先は君に話すことじゃない。 ハルカにだけ、伝える。
…………空港が近い。 入るぞ。
入るって…………そんな、やめてください…………
ー何故？
…………ノアが生きてたのは嬉しい…………けど、僕はノアに許されているはずがない…………顔を合わせる資格なんて……………
ー君、意外とナイーブなんだな。 別にどうでもいいけどな。 …君を助けたのは、君がいなくなるとハルカを悲しませる事に繋がるからだ。 王女は別にどうでもいい、知ったことじゃない。 なあ、これは個人的なアドバイスだけど。
………………なんですか？
ー友達にはちゃんと謝っておけ。 許してもらえるかどうかはその友達が判断することだ、君じゃない。 なあ、君たちはまだ若いんだ。 僕と、神童と、南条も、昔はそうだった。 そして今、僕はもう取り返しのつかない所に来てしまった。 あいつに謝る機会を永遠に失った。 怖かったからな、勇気が無かったんだ。 だけど今になってようやく分かる、全てを失うことになるとしても、あの時、謝っておくべきだったんだってな。
……………貴方は、何をしたんですか？
ー………………着いたぞ。
車が、小さな空港の前に停まった。 ずいぶん小さな空港だ。 こんなので本当に飛空挺が発着陸できるのか？ 謎だ。
正門のガラス扉を潜ると、そこに、みんなが……ノアが………待っていた。
アリアさん。 ミカエル……何でここにいるんだ？ 紗奈さん………何でここにいるんだ？ ハルカ…………ノア……………
僕は彼女の変わり果てた姿を見て、凍りついたようにその場に立ち尽くした。
あんなに長くて美しかった髪の毛が、短くなって…顔の半分ほどが、無残な火傷に覆われている。 片目には黒い眼帯をつけている。 歩行器のようなものを脚につけて、その上で松葉杖をついていた。 僕の知ってるノアは、もう何処にもいなかった。
ノア……
立ち竦んで動けない僕のところに、ノアがよろよろ歩いてくる。 慣れてなさそうな松葉杖を使って、懸命な様子で。 何やってるんだ、僕は………。 そう思っても動けなかった。 許されるはずがない。 あんなことをしてしまって…。
僕は俯いて、ノアの顔から目を背けた。
何をされても良かった。 殴られても…この場で殺されてしまっても………
僕の体を、あたたかい手が包み込んで、抱きしめた。
「あなたが生きててくれて、本当に良かった。」
………何？ ………………何、言ってるんだ、君は………………
僕のせいで…………僕のせいで君は……………………そんな体に……………………
気がついたら、僕は泣いていた。 ノアの胸に顔を埋めて。
ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい…………。
僕はずっと、謝り続けた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
さて。 私は目の前の藤鷹副総裁と向き合って、まずお礼を述べた。
ありがとう。 ヘリオちゃんをわざわざ助けてくれて。
彼はノアちゃんとヘリオちゃんを見つめていた。 その眼は、どこか、郷愁のようなものを感じさせた。 もう戻れない、懐かしい昔を思い出すように。
ー……………尊いな。
は？ 何、あんたロリコン？
ーバカかお前。 そんな訳無いだろ。 友情に関しての一般的な感想を述べてるだけだ。
そうですか。 まあ何にせよありがとう。 イチモお父さんがよろしく言っといてくれって言ってたわよ。
ー先生か。 今朝久々に声を聞いた。 懐かしいな。 古き良き時代だ。
…………さて、そろそろ要件を言ってもらえると嬉しい。 ここ寒過ぎ。 なんか店とか、カフェとか、そういうの無いの？
ー無いな。 いつ来てもここには何も無い。 客寄せとか、観光とか、そういうのとは無縁の場所だからな。 ……ハルカと会わせてくれ。
…………あんたやっぱりロリ………………
ーもういい加減お前黙れよ。 君と漫才しに来たわけじゃ無いんだ。
ハルカちゃんが前に進み出た。
彼は、じっとハルカちゃんを見つめて、それから、頭を深く下げた。
「………………すまなかった。」
何？ 何？ ハルカちゃん、この人と会ったことあるの？
ー………無い…………と、思いますけど……………。
じゃあなんで、あんた謝ってんのよ。
彼は頭を上げて、私達の方に向き直った。
「……会ったことがあるんだよ。 ずっと昔にな。 君は覚えてないだろうけど。
…………僕は君に、酷い事をしてしまった。 酷い、酷い事だ。 君の幸せを奪ってしまった。 それを伝えたい。 君はーーーーーーー」
銃声が響いた。
彼は驚いたように立ち尽くして、そのままの表情で、床に倒れた。
ー眠らせただけだ。 誰も動くな。 全員確保しろ。
私達は一斉に、声のした方を振り向いた。
南条。 南条和哉。
冷たい怒りを湛えた彼が、そこにいた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
[28日 9:15 皇国首都 総裁執務室]
全く。 どいつもこいつも。
私は軽くため息をついて、机の上の写真を見つめた。
藤鷹………………。
やはり、彼が裏切っていたか。 何故。 分からない。
それは後でゆっくり聞く。 時間はいっぱいあるんだ。
それにしても、あの屑ども。 シュラーフの塵屑の分際で。 往生際の悪い事だ。
僕は秘書に指示を出した。
南条君が王女一行と藤鷹副総裁を確保次第、順次他も捕らえていけ。 藤鷹副総裁の御家族、イチモ家、ミカエルの関係者どもと職場の友人、アリアの友人、車工場の従業員、南条紗奈の関係者もだ。
殺すな。 手も出すな。 思い知らせてやる、あのクズ王女にな。
どいつもこいつも、蝿どもが。
いつまでも俺が優しくしてやると、そう思うなよ。
(第11話おわり)
(引用)
Somebody to Love (Mercury)…Queen
本引用は、商用を目的とするものではありません。