※実在の地名、人物とは一切関係しません。
あくまで創作の中での話です。 未成年の飲酒描写が出てきますが、この世界では13歳からワインは合法になります。
※非常にショッキングな描写がありますので、苦手な人は飛ばしてください
※時系列が入り乱れるので、補足をつけてます
(第12話)
[28日 9:20 シュラーフ上空]
どうして。 どうして、こうなってるの……。
自由が訪れるはずだった。 監視と恐怖による弾圧の時代が終わって、これから私たちの自由なシュラーフへと向かうはず………私は大人達からそう聞かされていた。
わたしはノア王女の髪の毛を切り捌いた、その顔を焼いて醜くした、復讐を果たした、後には幸せと解放だけがやってくるはずだった。 お父さん、お母さん……どうして、どうしてこんな事に………。
私の、シュラーフの頭上を、空を飛ぶ乗り物が覆い尽くしている。
海には戦艦が何隻も何隻も………私達を睨んでいる。
私はようやく理解できた。
この国は、どうあがいても、もう眠りにつくしかないのだ。
私たち国民と一緒に……………
[28日 9:20 ヴェルマーレ イチモ家]
俺は妻と一緒に机を挟んで、たぶんこれが最後になるかもしれない、妻が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。 相変わらず美味い。 朝日を眺めながらこいつを飲んでると、俺たちは生きてるんだっていう実感が湧いてくる。
なあ。 俺は妻に向かって語りかけた。 ずいぶん長い旅だったな。
ーそうね。 お疲れ様。 私も、貴方も。
ああ。 終わり方はみっともないが、後悔はしてない。
ーええ。 私も。 …アリアは立派に成長してくれたわ。 どうか、あの子に、神のご加護があらん事を。
そうだな。 何せあの子はお前という神様の娘なんだからな。
俺たちは顔を見合わせて、笑い合った。
ドアが、コン、コンと軽く2回ノックされる。
やれやれ。 そう急かさなくても今行くぞ。 俺たちは逃げも隠れもせんからな。
この家を取り囲む、神童の私設兵どもに向かって、俺はそう答えた。
[28日 9:20 フローラ市街]
ー……ミカエルの関係者の確保を完了。 洗い出しました、漏れはありません、職場の関係者、小説家仲間、飲み友達、彼女たち、全員確保して飛空挺に載せました。
ミカエル自邸はどうしますか？
…………了解。 総裁殿。
彼の家は、ぱち、ぱちと軽快な音と火花を立てて燃えた。
全てが燃え落ちる。
彼と家族の思い出と一緒に。
長年、彼が家族と歩いてきた、時間の重みから解放されたように。
[28日 9:20 皇国首都郊外]
紗奈はずっと仕事で出払ってる。 やれやれ。
彼女はロマンチックな告白が好きだって、酔っ払った時に僕にそう言っていた。
指輪はもう用意した。 藤鷹副総裁の奥さんが仰っていた、私の夫は結婚を申し込んでくれる時にプラネタリウムを貸し切ってくれたのよ。
さすがにプラネタリウムはお金的な問題で無理だったので、僕は星が綺麗に見える丘で結婚を申し込むつもりだった。 どんな家庭を築こうか。 家は？ 子供は何人くらい欲しい？ 相談することは山ほどある。
ドアベルが何度か鳴らされている。
…………今日は、来客の予定は無かったはずだけどな。
[28日 10:40 皇国首都 総裁執務室]
ー総裁殿。 ご報告が。
何？ 良いニュースである事を祈ってるけどね。
ー………両方です。 藤鷹副総裁、南条紗奈、アリア、ミカエル、並びにその関係者の確保はほぼ完了、順次移送を開始しています。
オッケー。 良い方のニュースはわかった。 ……で、悪い方もあるんだろ？
ー………ノア王女、その護衛、ハルカ………は、取り逃がしました。 シビル・ハン空港から逃走中、追跡を続けておりますが、目的地などはまだ………。
……………ほう。 あのゴミ共。 どこまでも目障りな奴らだ。
僕の執務予定は。 確か明後日から会議だったか？ 例の、世界国家構想の。
ー仰る通りです。 総裁殿。
てことは、あと1日と少しは僕の自由ってわけだ。 まあ仕事けっこう溜まってる気がするけど、とりあえず急なものが無ければ置いとこう。
…………紗奈、アリア、ミカエル。 こいつらは隔離しろ。 そして僕もすぐに会いに行く。 なあ、ちょっと話が変わるけど、君、人間にとって一番酷い拷問はなんだと思う？
ー…………私の意見でしかありませんが…………色々あって整理がつかないですね。
人権の蹂躙、苦痛、餓えと乾き……自分が受けたくない罰はいくらでも思いつきますが……………。
そうか。 君ほど優秀でも知らないこともあるもんだな。
ー………総裁は御存じなのですか？
ああ。 戦争が僕に教えてくれたからな。 貴重な教訓を。
[28日 9:20 シビル・ハン空港]
僕はノアを自分の体の後ろに隠して、南条和哉の方に向き直った。
誰もがその場を動けない。 南条和哉、兵士数人……いや、数十人か………上の階にもいる、囲まれている…………。
ノア。 僕は小さく、彼女に呟いた。
僕の側を絶対に離れないで。 必ず、君だけは必ず護るから。
ノアが不安げに僕の服の裾を握りしめている。 大丈夫。 安心して…。
僕はそっと彼女の手を握った。
ーお兄ちゃん…………
最初に南条に向かって口を開いたのは、紗奈さんだった。
ー……ごめんなさい。 でも、こんなこと、やり過ぎよ、藤鷹さんはお兄ちゃんと神童さんの大事なお友達……………
ーだが裏切った。 俺たちをな。 ……紗奈。 お前もな。
ー……………それは…………。
この虫どもを確保しろ。
南条がそう言うと同時に、紗奈さんがさっとナイフを抜いた。
僕も動いた。 ノアを護ように、背中の後ろに隠しながら、藤鷹副総裁の車に向かって、ノアの手を引いて駆け出そうとした、でもノアが付いてこれなかった…。
ノア。 脚、動かないのか。
僕はノアに言って、答えを聞かないで彼女を背中に背負って駆け出した。
銃弾がもう飛び交っている。
ーハルカちゃん！ 早く！ ヘリオと一緒に行きなさい、早く！
ーおい、ヘリオ！ お前、王女とハルカをちゃんと護れよ！ 護衛だろうが！
アリアさんとミカエルが口々に僕に向かって叫んでいる、僕は歯を噛み締めた。
ー………ゴミ共が。
南条和哉が鋭く吐き捨てた。 僕は横目で彼を見た、紗奈さんが投げたナイフを受け止めてその手に持っている、その足元には……紗奈さんが、倒れている………
ハルカちゃんが必死に銃弾を掻い潜って僕たちに付いて走ってきている。
アリアさんとミカエルが南条目掛けて走り出す……。
僕はもう彼らの方を振り返らなかった。 藤鷹副総裁の車だ、僕たちは扉を開けて外に飛び出す、あと数歩、あと数歩で車だ、僕はドアに手をかけてノアを助手席に放り込んだ、それから自分も運転席に乗り込んだ、ハルカちゃんも後部座席に飛び込んで息をついている、僕はそれを見て、アクセルを踏んで車を発進させた。
ーヘリオ！ みんなが、まだ…………！
ノアが僕を止めようと手を伸ばしてハンドルを握る手を制止しようとする、僕は必死に話した、ノア、ごめんちょっと黙っててくれ、僕は運転初めてなんだ…当たり前だけど……………。 僕は限界までアクセルを踏み込んだ。
みんな必ず助け出す、だけど今は逃げなくては。
ノア。 僕は彼女に小さく話しかけた。
………どこに向かう？ 君が決めてくれ。
答えはもう分かっていたけど、僕はあえて聞いてみた。
ー……………ヘリオ。
ー………………ヘリオさん。
ノアと、ハルカちゃんが同時に呟いた。
ー皇国の首都。 神童総裁の所へ。
オッケー。 ノア、地図任せて良い？ 多分その辺に積んであると思う…多分。
神童。 ちょうどいい。
みんなを助け出すついでに、あいつとも、決着をつけてやる。
[28日 18:00 皇国首都 収容施設の一角]
…………はあ。 どうしてこうなった。
私と、ミカエル、それに紗奈ちゃんまで、この小さな部屋に連れて来られて、そこで椅子に拘束されている、脚と、それから手も後ろに回されている。 お父さん。 ごめんなさい、ちょっとこれから、どうなるか分からなくなってきた。
拷問とか本当にやめてほしい。 私は血を見るのが嫌なんだ。
ー……アリア。 お前割と余裕だな。 正直俺は怖いぞ。
ミカエルが小さく呟く。 もちろん私も怖い。 紗奈ちゃんは黙って俯いている、けっこう南条の奴に酷い事殴られてたから……。
ーおお。 3人お揃いで。
扉が開いた。 神童総裁。 まさか自分からお出ましとか。
ー………神童さん！ やめさせてください、こんな…………。
紗奈ちゃんが食ってかかる、やめとけ、多分無駄だと思うぞ。 眼が笑ってないから。
で、これから何が始まるってわけ？ 言っとくけど、ノアちゃんの行き先は知らないわよ、ヘリオちゃんも、ハルカちゃんもね、お生憎様。
ーおいおい、そんな事、私はまだ一言も聞いてないぞ。 オドペレイト以来だな、アリアさん。 イチモさんに伝えてくれたかい。 飲みに行こうって。
紗奈ちゃんもオドペレイト以来だったかな？ みんなと仲良くなってくれたみたいで嬉しいよ。 それから………君は………えーと、アリアさんの彼氏さんとか？
そんな訳ないだろ。 いい加減猫を被るのはもうやめたら。
ーおいおい酷いな、本心だよ、ってか、ここちょっと殺風景すぎるな…音楽でも流そうか。 えーと……このスピーカーどうやって使うんだよ、わかりにくいな…藤鷹君にやってもらおうか、彼こういうの得意そうだし……あ、あったぞ、これだ。
彼はしゃがみこんで、部屋の隅にあるスピーカー装置を何度か弄って、最後に嬉しそうに離れた。 しばらくして曲が流れてきた。 私も知ってる。
ーA Night at the Opera………名盤だ………完璧な曲の構成だ。 人間の想像力ってのは本当に凄いものがあるよな。
…………曲の趣味は合うみたいなんだけどね。
ーそうだろ、君も好きだろ、こういうの。 紗奈ちゃんも好きだったよな。 なあ、リラックスして話そうよ、堅苦しいのはあんまり好きじゃないんだ。
……………よくヌケヌケとそんな事が言えるわね。 で、私たちをどうする気なの。
ーどうもしないよ。 さすがに監視はつけさせてもらうけど、皇国に住んでもらっていいよ。 郊外に家を確保した、いい家だ、庭も広い。 夏場は庭の大きな木の下に机を持ってきて、そこで食事できるぞ。
…………………いい加減にしろ。
私がそう吐き捨てると、ようやく、神童の顔から笑みが消えた。
ー…………君たちには何もしないよ。 義妹の大事な友人達だ。
なあ、アリアさん。 君のお父さんとか、お母さんは、歌は得意か？
はぁ？ 知らないわよそんなの。
ー紗奈ちゃんはけっこう上手かったよな。 ミカエル君は？
ー俺は自慢じゃないけど美声ですよ、かなり。
ーそれは良かった。 みんなで歌おう。 楽しく。 イチモさんにも、その奥さんにも、ミカエル君の友人達にも、紗奈ちゃんの彼氏さんにも、みんなで合唱しよう。 オペラだ。 ロック・オペラ………それがいい。
…………何、言ってるの、あんた…………。
ーこんな風にな。
彼はまたリモコンを操作した。 私達の前の壁のシャッターが引き上げられて、ガラス張りの明るい部屋が姿を現した。 奇妙な部屋だ。 ガラスで私達のいる場所とは区切られている、その壁や天井や床は、柔らかそうなマットで出来ている、その部屋に1人の裸の男が転がっている。 誰。 こいつ。
ー紹介しよう。 彼はとある王国…まあシュラーフだけど…の、秘密警察もどきの組織の総監殿。 自由衛兵とか言ったっけな、名前だけは立派だな。 殺されそうだったけど、ちょっと面白そうだったからやめといた。 ところで彼を見て、何か感じる所はあるかい？
……感じる所どころか、恐怖と嫌悪感を覚えた。 彼はもういい年だ、おそらく40代くらいじゃないだろうか。 立派な成人男性だ。 その彼が今、まるで赤ん坊のように自分の指をしゃぶって、だあ、だあ、だあ、四つん這いで床を張っている、涎を撒き散らしながら、よく見ると水溜りのようなものもある、小便だ。 彼は血走った真っ赤な目で私達を見ている、だあ、だあ、だああああああ、ばぶ、ぎゃあ、ぎゃああああ……………彼はやがて泣き出した、酷い声だった、わああああああああああああああああああああああああああああああああん、彼は人目も憚らず泣いている、泣きながら自分のペニスを擦り出した、私は目を背けた。
ー…………ご覧の通り、彼は今、赤ん坊に戻っている。 もう二度と戻らない。えっと、なんだっけ、そうだ、歌だ、ちょっと歌ってもらおうよ、彼に。
神童がガラス張りの前に向き直って、会話用に開けられた小さな何個かの穴から、彼に向かって話しかける、オペラだ。 オペラを歌え。 直立不動でな。
彼は歌い始めた。 直立不動で。 そのペニスから白い精液を垂れ流しながら。
I see a little silhouetto of a man,
ーそうだ、いいぞ、けっこう声出てる。
Scaramouche, Scaramouche, will you do the Fandango?
ーオッケー。 その調子…。
Thunderbolt and lightning Very, very frightening me……
ーいいぞ。 今からが盛り上がるんだ
Galileo, Galileo
ーはいだめ、もっと高く。
Galileo, Galileo
ーもっと高く！
Galileo, Galileo
ーおいお前やる気ないのか、もっと高く！
Galileo, Galileo
ーちょっと出て来た気がする、でもまだまだだ、やり直せ！
Galileo, Galileo Galileo, Galileo Galileo, Galileo Galileo, Galileo Galileo, Galileo Galileo, Galileo Galileo, Galileo Galileo, Galileo……………
彼は真っ赤に血走った眼を見開いて、口をぱっくり開いて叫んでいる、口の端から白い泡を噴き出している、それでも直立している、声が、彼の声がだんだん枯れてくる、だけどまだまだ高くなっている、Galileo, Galileo, 彼はずっと叫び続けている、泡がブクブク噴き出て眼が裏返る、白目になってもまだ彼は叫び続けている、やめて、もうやめさせなさい！ 私は神童に向かって叫んだ、ミカエルも、紗奈ちゃんも、呆然としてその光景を見ている、Galileo, Galileo, 神童が囃し立てる、両手を叩きながら、そうだ、いい声出てきた、その調子だ………。
そして神童は、私達の方に向き直った。
ー………こんな風にな。 みんなに歌ってもらうんだよ。 お前らの目の前でな。
簡単な手術だ、薬でもいい、頭の中をほんのちょっと弄るだけだ。 それでみんな赤ん坊に戻る。 きれいさっぱり全部忘れる、社会性、愛情、人間関係…全部忘れて動物に戻るのさ。 どうだ、なかなか楽しいじゃないか、こんなに必死に歌ってる奴久々に見たぞ……でもけっこう汚い声だな。 ああ、お前、もう死んでいいぞ。
彼はまだ歌い続けている、Galileo, Galileo Galileo, Galileo………歌いながら自分の首に両手をかける……締め上げる…………首を自分で締めながら彼はまだ歌おうとしている、でも声がだんだんか細くなって………Galileo, Galileo……………
ーああ、だめだ、グロいなこれ。 はい、終わり。
シャッターが目の前で降りる、彼は唄い続けている、ずっと…………
神童は私たちに向き直った。
ー…どうだ。 アリア。 ミカエル。 ……紗奈。 こんな風に、お前らの目の前で、お前らの友達とか、家族とかが大合唱するんだよ。 なあ。 人間にとって最も辛い拷問が何か知ってるか？ それはな、自分は正気のままで、他人が狂っていく姿を見るしかできない時なんだよ。 大事な人の世界が壊れていく、それを君達はどうすることもできない、そういう時に、人間は最も辛くなるのさ。 私は戦争で従軍している時にそれを学んだ、横で寝ていた奴が次の日には銃弾で貫かれて死んでいる、それは楽なんだ。 楽なことなんだ、いずれ忘れられるからな。 辛いのは、誰かが狂ってしまう時だ。 砲弾の音とか、血を見過ぎたりしてな。 残り続けるからな、狂人は。 この世に。 アリア、どうだ、お前のお父さんとお母さんが、ペンギンの仮装をしながら歌い続けているところを想像してみろ、バナナで出来たカツラも被せてやる、お前を取り囲んで裸で赤ん坊みたいに狂気への序曲を歌うんだ、どうだ、傑作だろう、みんなもうすっかり狂って元に戻らないのにな！
やめろ………やめてくれ…………お父さんとお母さんには、それだけは…………
ーこの、クズ野郎が…………。
ーミカエル。 お前の取り巻きの女どもにもちゃんと歌わせてやる。 いいじゃないか、どうせ本能しか残ってない抜け殻になるんだ、お前のそのご自慢の小汚いペニスを咥えさせてやれよ、きっとみんな喜んでお前の精液を搾り取ってくれるぞ。 ああごめん、あと、お前の家燃やしちゃったから。 悪いな、大事なもの置いてあったんだろ？ 写真とか…………家族との思い出とかな。 綺麗に燃え尽きたらしいぞ。
……………なあ。 ようやく分かったか。 お前ら。 お前らは正気のままで、お前らの大事な奴らを廃人にしていってやる、目の前でな、そうだな、明日からさっそく始めよう、1日1人ずつだな。 お前らに自殺はさせない、それはできないようにお前らの脳も弄っといてやるよ。 ………だけどお前らにも救いは与えてやる。 最後には狂人のお仲間入りをさせてやるよ、それで最後には、ノアと、ヘリオと、ハルカの前で、お前ら全員で大合唱させてやるよ。 曲は今からセレクトしといてやる、そうだな……………
ーやめて、やめて下さい、神童さん！ こんなこと…こんなこと、酷すぎる…！
ー………紗奈ちゃん。 君、彼氏さんがいるんだってな。 良かったな、君の憧れてたロマンチックな告白、その夢を叶えて進ぜよう。 プラネタリウムで歌ってもらえ、綺麗なオペラをな。 そして赤ん坊に戻った彼を優しく抱きしめてやれよ。俺は失敗は咎めない、君たちの意思は尊重する、だけど裏切りは許さない、そういうことだ。
大事なのは、忠誠心、ただそれだけ。
なあ、君達………。 俺が、行儀よくお前らのおままごとに付き合ってやってる間に、さっさとノア達を見捨てておくべきだったかもな。 もう遅すぎる。 あいつらの居場所なんて興味無い、どうせあいつらはここに来る、君達を助けるためにな、いいぞ、会ってやるよ、その後でお前ら全員で裸で大合唱だ。 面白いぞ。
…………俺を裏切った奴らも。 クズ王女御一行も。 みんな仲良く、歌わせてやる。
やめて………お願いだから……………私にだけ、やれば良いじゃない…………
ーお前意外とバカだな。 それをやらないから面白いんだろうが。 ほら、泣けよ、泣いてみろよ、お父さんとお母さんと兄弟姉妹達の前でみっともなくピーピー泣いてみろよ、その覚悟があってこうしたんじゃ無いのか？ 止まるなよ、進み続けろよ、そして最後の最後まで、自分の愚かさを呪え、他人の事にホイホイ首を突っ込むからこうなるんだよ、良かったな、お前の好きなロック・オペラで…。
お前ら全員………自分のバカさ加減を後悔しながら、生き続けるんだよ。
狂人どもに囲まれながらな。
[28日 20:00 皇国首都より約200km北西]
星が澄んだ空に瞬いて、ほとんど満月に近い丸い月が夜道を照らす、綺麗な夜だった。 片目で見る世界はなんだか歪に見えたけど、それでもちゃんと月は昇って、星は輝いていた。 きっとこの世界は、これからもずっとこんな夜を繰り返すんだろう、わたし達が居なくなっても。
ー………なんか詩的になった？ ノア……。
……………聞いてたの、なんか恥ずかしい。
ー………隣でブツブツ呟いてたら、まあ、そりゃ………。
ヘリオはなんとなく運転に慣れてきたみたいだった。 車って案外何とかなるものなのかもしれない。 わたしも免許取りに行ってみようか。 この脚で…は、さすがに無理か。 もう少し動くようになったら、の話だ。
ー2人とも、やっぱり、良いですね。 仲が。
そうかな。 そう言ってくれると嬉しい。 だいぶ色々あったけど。
本当に、本当にいろいろなことがあった。 この旅で。
ー…ノア。 シュラーフは………。
大丈夫、きっとみんな助けるから。 わたし、なんてったって王女だし。
ー………期待しとくよ。
わたし達を乗せて車は走っていく。 皇国は案外だだっ広い平原が広がって、その中にたまにぽつぽつと街や、大きな都市が点在しているらしい。 あとはただ、平原と、うっすら雪が積もった低い山が見えたりするだけだった。 寒い国だった。
ーねえ、ノア。 ヘリオ。
どうしたの？ ハルカ。
ーまた、3人だけになっちゃいましたね。
そうだね。 最初とおんなじだね。 まだ、数日前の事なんだよ。
ー………ずいぶん、長かった気がします。 ねえ、ノア、ヘリオ。
私はきっと、残された時間が、そんなに長くありません。
…………………………………………
ーわかるんです。 自分で。 もうきっと、すぐそこに来てるって。 でも、その事でメソメソしたり、自分の不幸……たぶん、不幸なんですね、一般的に見ると……を、呪ったりとか、そういう事はしないです。 好きじゃないですから。 そういうの。
ねえ、この旅が終わったら、2人はどうするんですか？
この旅が終わったら……どうするのかな。 もうさすがにシュラーフには戻れそうに無いし。 そうだね、まずわたしはリハビリからかな、脚の。
ー………僕も一緒に、手伝わせてもらってもいい？
もちろん。 これからもよろしく。
………いつかきっと、3人でまた旅に出かけようよ。
ー私も、そうしたいです。 もう3つも臓器無くなってますけどね、まあ前向きに…。
ハルカちゃん、変わったね。 ……今のけっこうブラックジョークぽかった。
ーみんな変わりました。 ちょっとずつ。
そうだね。 わたしも片目無くなったし……。
ー…………ねえ、それって嫌味？ もちろん悪いのは僕なんだけど………。
そうかもね。 しばらくこうやって言い続けるかも、忘れた頃に。
ー………勘弁してほしい。
わたしたちは、そんな事を話しながら笑い合った。
月も星も、どこまでも澄み渡った夜空に輝いて、わたしたちを照らしてくれていた。
[28日 20:00 皇国首都 神童総裁自邸]
あのクズどもの無様な姿をひとしきり嗤った後で、ようやく私は家に帰れた。 まあちょっとだけ脅かしたけど、紗奈ちゃんにはそんな酷い事をするつもりはない。 改心してくれればそれでいい。 でも、アリアと、ミカエルの奴は許して置けない。 ここまで面倒な事をしてくれたんだ、こっちも多少手間がかかっても、それなりに歓待してやらなくちゃな。 私は何より、ああいうどうしようもない屑どもが、手の届かない月を掴もうとするようにみっともなく足掻いてるのが嫌いだった、憎々しいと言っても良いかもしれない、具体的な計画も手段も何も考えずに、義憤や、同情や、そういう感情だけで動き回るゴミどもは不愉快でしょうがない。 ああいう奴らが多すぎるから、戦争で何人も何人も死んでいくのだ。 私はそれをずっと見てきた。 重要なのはシステムだ、戦争や通貨危機やら、そういうのを起こさないように管理するシステムが必要とされているのだ。 最早、それは自明の理となって、我々全人類の目の前に課題として持ち上がっている。
私の、神童家を興した祖先も、かつて賢者の血筋を集めた。
今度は、国という単位がその賢者となって、この地球の危機を救わなければならないのだ。 だがそのシステムをうまく機能させるためには、ああいう奴らは不要だった。 置き換えていかなければ。
僕は暖かな家の扉をあけて、ただいま、そう言って、迎えてくれたルーアにコートを渡した。
ーお帰りなさい。 先にご飯にする？
いいね。 今日は何？
ーもう夜も遅いからね。 野菜のグラタンと、スープを作ってるわ、貴方ちょっと炭水化物控えたほうがいいわよ。
………おい、ご飯もパンも無しかよ、けっこうお腹空いてるんだぞ。
まあ別にいいけど。
ー健康に気遣いなさい、健康に。 ルカもまだ起きてるわよ。
僕は食卓について、一杯だけ赤ワインをグラスに注いでもらって、それに少しだけ口をつけた。 リビングでテレビを眺めていた娘が、お帰りなさい、お父さん、そう声をかけてくれる。 僕は嬉しくなった。 頼むから、ルカには反抗期とか迎えないでほしい。 そうなったら、僕が寂しくて死んでしまうかもしれない。
ー………ねえ、お父さん。 ハルカ、まだ元気かな。
ハルカ？ ああ、多分元気だろ。 仲良くなったんだっけ。
ーうん。 とても。 今度一緒に滝を見にいくって約束したの。
そうか。 まあどうだろうな、ハルカもハルカで色々あるからな…。 たぶんね。
ーお父さん。
うん？ 何？
ー…………シュラーフで暴動？が起こって……ノア王女は行方不明、ニュースでそう聞いたの、さっき。 私、むずかしいこと分かんないんだけど……。 ハルカはノア王女を助けに行くって言ってたの、一緒にいると思う？
あー…………たぶんね………………。
ー………………………お父さんが、それを、やったの？
僕は食事を摂るのを中断して、ルカに向き直った。 ルーアも僕たちの方を見ている。
ルカ。 何か、聞いていたのか。
ー………ごめんなさい、お父さん、その…………お父さんと、お母さんと、紗奈さんがホテルの部屋で話してるのを………。
僕は娘に、静かに言って聞かせた。
……………ルカ。 いいかい。 必要なことなんだ。 君も大人になったらわかるさ。 これから沢山の人が世界中で死んでいくかもしれない、だけど、それはもうどうしようもないことなんだ。 遅いか、早いか、それだけの差だ。 自然に死んで資源を無駄遣いして滅亡に進んでいくか、誰かがそれを管理して減らすか、そう言い換えてもいいかもしれない。 ルカ、難しい話だ。 だけど、それは誰かがやるべきことなんだ。
ルカはじっと僕を見つめて、それから、小さく言った。
ー………………お父さんは、悪いことを、しているの？
人を殺したり、不幸にしたり、そういうのはしちゃいけないって。
わたし、そう思ってた…………。
……………ルカ。 ………違う、これは、必要なことなんだ…………
ー…………わたし、お父さんに、そんなことしてほしくない。
………………………………僕は………………………………………
[29日 7:00 神童総裁自邸]
ー総裁。 ノア王女と、護衛、ならびにハルカを発見、どうなさいますか。
確保しろ。 それから、私の前に連れてこい、南条君も呼んでくれ。
………ルーア、君も一緒に来てくれ。
……………娘に何と言われようが、あのクズども、思い知らせてやる、俺の娘までたぶらかしやがって、許さない、シュラーフの無能王女と、尻尾を振るしか脳のない犬と、たかだかドナー風情が。 ルカに心臓を提供するためだけに創ってやったカスの分際で、俺によくも楯突いたな。
拘束しておけ、動けないようにして床に転がしておけ、芋虫みたいにな。
行くぞ、ルーア、君も妹ー半分だけだけどなーに、言いたいこともあるだろう。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
私は執務室の扉を開けて、ルーアと一緒に中に入った。
お、3匹とも言った通りちゃんと転がされてる。 上出来。 南条君が睨みを利かせてるし、まあ大丈夫だろ。
……なんだなんだ、ヘリオ、お前犬の分際で俺を睨んでるのか？ 良かったじゃないか、ちゃんと元飼い主に拾ってもらえてな。 あとそこのドナー、安心しろ、ちゃんと全身使い尽くしてやる、どうせそろそろ死ぬんだろ、お前。
おお、それから、麗しの王女様もちゃんといるじゃないか。 心配したんだぞ。
私は床に転がってるノアの顎を靴の先で持ち上げて、それから言った。
「………随分、綺麗な顔になったじゃないか。」
前よりずっといいぞ。 お前にお似合いだ。 焼きトマトみたいでな。
(第12話おわり)