※実在の地名、人物とは一切関係しません。
※あくまでも、創作の中の話であり、現実の話ではありません。
全てフィクションです。
(2人目のお客さん : 女性・祈祷師？・日本人)
『異世界京料理カフェ&バー NOIR
ランチ(京風)…11:00〜14:00
バー(京風)…19:00〜23:00
おひとりさま限定、1日1組
定休日…気分次第
住所…京都市左京区下鴨泉川59
糺の森の中の、瀬見の小川をたどっていった先、古い榊の木の近くにあります。
おなやみごと相談乗ります(解決できるかは分かりません)。』
僕はバドワイザーの缶を開けて、自分用のお昼用に作った塩焼きそばを食べながら、ちょっと前に来たお客さんが言ったことについて考えていた。
『ホームページには京風って書いてあったわ。…どのあたりが京風なのかしら。』
それは確かに難しい質問だった。そういえば、僕自身、生前に、誰かに同じような質問をしたような気がする。それが誰で、どういう会話の流れでその質問をしたのか、僕は覚えていなかった。忘れたというよりも、記憶の中のいくつかの部分が、自然と欠落しているのだ。
死んでしまうということは、そういうことなのだ。
すべてをもってくることはできない。
僕は珍しく、幾分黄昏れながら、今日のランチも誰も来なさそうだし、とりあえずバータイムまで閉店しちゃおうかと思っていた。なんとなく聴きたくなって、イーグルスのThe Last Resortをリピート再生で店内に流す。静かで、哀しくて、それでもゆっくり心に染み入るような、昔から大好きな曲だった。お皿を洗って、表の看板をひっくり返してcloseにしようと思って、ドアの前まで何歩か歩いたその時、奇跡的なタイミングで、ドアが外から開いた。
ー…あのー、まだランチいけますか？
あ、全然大丈夫ですよ。どうぞどうぞ。
僕はとりあえず営業スマイルに切り替えて、久々のお客さんを迎え入れる。長い黒髪をサイドテールにした、けっこう可愛い女の人だった。目が若干つり目気味なので、多少気の強そうな印象は受けたけど、前来た女の子みたいな幸薄そうな感じとはまた違った。こう言ってはなんだけど、胸もかなり大きいし、何故か黒と白のゴシックドレスを着ているのも相まって、ちょっとしたアイドルみたいに見えた。意外と、欅坂とかに混じってても違和感ないかもしれない。僕は正直にそう言ってみた。
お客さん、もしかしてアイドルとかやってます？
ーえ、いや違うわよ！？ ぜんっっっぜん違う、アイドルだなんてそんな……
照れてる。
僕は少し面白くなって、キッチンに立ちながらも、もうちょっとこの路線で続けてみることにした。
え、ほんとですか？ いやあ、お客さんスタイルいいし可愛いし、服も綺麗だし、本当に欅坂とか乃木坂のメンバーかとばっかり…。
ーほほほ褒めても何も出ないわよ！？ もう、からかわないで早くメニュー下さい…。
僕はイーグルスから、黒い羊スペシャルエディションのアルバムに曲を変えてから、すみません、うちメニュー無いんですよ。お客さんと僕の気分次第で何作るか決めようと思います、そう返した。
ー気分…お腹はけっこう空いてるけど……
じゃあ焼きそばでいいです？
ー別にいいけど、どうしてまた焼きそば？
ちょうどあと1玉余ってて。マルちゃん焼きそばですけど、それならかなりすぐに出せますよ。僕もさっき食べてましたし。
ーじゃあ、お願いするわ。
お客さんがそう言って、それで妥協が成立した。
お客さん、ニラとか牛もつとかにがてじゃないです？
ー食べれるわよ。
ニラは美容にいいんで大量に入れときますね。ところでお客さん、アイドルじゃないとしたら、普通の学生さんですか？
僕はニラを一口大に切りそろえてボウルに開け、さっと軽く湯通しした牛の白もつを小さく切りながら尋ねる。フライパンに油を注いで熱していると、お客さんの方から返事が返ってきた。
ー普通の学生もやってるけど…まあ、その、ちゃんと働いてもいるわ。
僕は熱したフライパンにニラを山盛り入れて、軽くフライパンを振って油を絡める。
ほうほう。どんなどんな？
ー……祈祷師、やってます。
え、祈祷師ってあの、ふぁさーーーってなんか白い紙ついた棒振って、お祓いとかしたりするアレですか？ どうりでお客さん、霊感強そうだと思ってたんですよ。
ー………いや、ちょっと違うけど、まあそれの亜種というか、そんな感じなの。
ああ、ゴシックドレスですもんね。最近は洋風の祈祷師さんもいるんですね…。ほら、僕、幽霊ですから、ちょっと世俗に疎くって。
ー……………まあ、そういうことでいいわ。
僕はニラと牛もつがいい感じに炒まってきた後で、ほんの少しだけS&Bのカレー粉を振りかけて具材に下味をつける。これでけっこう、モツの臭みをカレー粉が覆ってくれるのだ。その後で焼きそばを投入して、少しだけお酒を振りかけて手早くほぐす。別途、小さいフライパンに薄く油を引いて、目玉焼きを焼いておく。
ー店主さん、まだ若いのに手際いいわね。
どうも。生きてるうちはこんなに早く出来なかったんですけど。なんか幽霊になってから体が軽くなったみたいで…。魂抜けたせいですかね？
ー……………貴方みたいな幽霊、見たことないわよ私も………。
褒め言葉と受け取っておきましょう。あ、もうできますよ。
僕は仕上げにマルちゃん焼きそばについてた藻塩入りパウダーソースを絡めて、コロンビア・セージグリーンの少し深めの平皿に盛り付ける。半熟で両面焼いた目玉焼きをその上に乗せるて、脇にちょっとだけ柚子胡椒を添える。あとは、4つに切ったトマトと新鮮なレタスの小さなサラダと一緒に、伏見稲荷の屋台で買った七味をホワイトコノートの白い塩入れに移し替えたものをセットにして、アイドル風祈祷師さんのテーブルの上に並べた。
はいどうぞ。味はついてますけど、お好みで七味かけてください。
ーありがとう。いただきます。
僕が一息ついて自分のためにバドワイザーをもうひと缶開けて、一口飲んだところで、お客さんが美味しいと言ってくれた。
ーうんっ、美味しいわよこれ。ちょっとしたカレー味もよく聞いてるし、柚子胡椒と七味のおかげで、牛モツのクセと脂っこさが抑えられて…。Cuoco della fiammaのイタリア料理とはまた系統が違うけど、これはこれでかなり……。
お褒めいただいてありがとう。イタリアンと比べられたらさすがに勝負にならないですけど、普通の焼きそばでも頑張れば案外美味しくできるんですよ。
ーちなみに、お皿が全部ウエッジウッドなのは、店主さんの好みなのかしら？
そうです。なんかこう、イギリスっぽくていいでしょ？
ー………まあ、そうかもしれないわね……。お料理は確かに美味しいし。
あ、お客さん、ビールとか飲みます？ かなり合いますよ。
ー…………未成年だから、遠慮しておくわ。
そうですか。この前のお客さんといい、みんな意外とガード固いんですね。
僕はまたバドワイザーを一口飲んで、キッチンの換気扇の下でマールボロに火をつけた。なんとなく、タバコ嫌いそうなお客さんだったから。
ゴスロリ祈祷師のお客さんが焼きそばとサラダを綺麗に食べ終えて、僕はお皿を下げる。黒い羊がいつのまにか2周目に入ってたので、僕はアナ雪2のサウンドトラックを店内に流す。少しだけ日が長くなってきたとはいえ、まだ2月の初旬だし、なんとなく雰囲気の出る感じの音楽にしておいた。
お客さん、食後の飲み物はどうしましょう？ ちょっと洋酒みたいな香りのエチオピアコーヒーと、ワイルドストロベリーのティーパックがありますけど。あ、やっぱりお酒飲みたい感じなら、ブランデーとかでも………
ーみ、せ、い、ね、ん、だって言ってるでしょ。…コーヒーでお願いします。
僕はエチオピアを挽いて、ちゃんとしたコーヒーを淹れる。洋酒みたいな香りと言ったけど、確かにそれらしい、素晴らしいエキゾチックな香りが店内に漂う。僕はウィンターホワイトのカップに2人分のコーヒーを注いで、おそろいのソーサーに乗せて、お客さんの前に座った。僕は自分の分のコーヒーに、クール・ド・リヨンのカルバドスを少しだけ注ぐ。
ーちなみに、貴方も未成年よね…。確認のつもりだけど。
そうですけど、法律は生きている人を縛って、守るためにあるものですから。ほら、僕、お分かりのとおりもう死んでるでしょ？
ー………貴方って、ポジティブな幽霊よね。
ブラックジョークです。ところでお客さん、当店オプションのお悩み相談、いりますか？
ーえ、あ、私？ お悩み相談はどうだろう…。そっち目当てじゃなかったんだけど、まあ、せっかくだし、聞いてもらおうかしら。ちっぽけな悩みなんだけど…。
どうぞどうぞ。
見れば見るほど欅坂に入っていてもおかしくないお客さんは、エチオピアを少しだけ口に含んでから、僕に離し始めた。
ー…そのね、私、好きな人がいるの。
ほうほう。
ーその人は、私自身の中で、その人無しじゃ私自身が成り立たないくらいに、とても大きな位置を占めている。昔からずっとそう、それに、今でもそう。
ちなみに、同僚さんですか？ それとも、学校の同期？
ー前者よ。私より少しだけ年上。幼なじみで、昔から知ってる人なの。
ああ、年上さんとの恋の話ですか…。それはどうだろう、僕がアドバイスできるかどうか、かなり微妙な線ですね。
ーまあ別にいいわよ、ちょっと自分の気持ちの整理も込めて打ち明けてるだけだし。それで悩みっていうのは、そのね、私って自分で言うのもなんなんだけど、かなりその、素直じゃない方というか、なんというか………
ツンデレってことですか？
ー……………貴方って、かなり端的に物事を表現するわよね。まあ、仮にそういうことだとしておきましょう。それでまあ、一応、自分らしくこの想いを彼に伝えようって、決心したんだけど……。
なかなか素直になれないと。
ー……………そういうことかもしれないわね。
うーん、難しいですね。僕はまあこんな性格なんで、基本的にツンとかデレとかあんまり無いんですよね。たぶん、生前、好きな人の前でも、こんな感じだったんでしょう。
ー好きな人がいたの？
…いた、と思います。とても大事な人が。そのあたりの記憶が、すっぽりと抜け落ちてるんです、僕の中から。だからまあ、その、僕から言えることはですね、お客さんには、貴方自身の素直な言葉で、頑張ってほしいなってことだけですね。人から聞いたり、アドバイスされた言葉じゃなくて、自分で考えたままの言葉で気持ちを伝えるのが、結局のところ一番いいんだって思いますよ。………たぶん、僕は、死ぬ直前まで、そうしなかったんだと思います。
ー…………それは覚えているの？
覚えていません。僕が誰だったかも、大切な人が誰だったかも。…だけど、だからこそ僕は、こうして死んでからも留まっているんでしょう。
ーこの京都の、糺の森の奥に、店を構えて。
ええ。そうしていれば、いつかまた逢えるかもしれないって、そう思ってますから。だからお客さん、生きてるうちにファイトですよ。恋と人生は短し、歩けよ乙女。
ー………貴方って本当に、不思議な幽霊だわ。
そう言って、お客さんはくすりと笑みを漏らした。
同性の僕から見ても、それはとても魅力的な微笑みだった。
僕とゴスロリ祈祷師のお客さんは、そのあとゆっくりとコーヒーを飲んで、おかわりも飲んで、D-princessの最新アルバムの話をしながら、やがてお客さんがお会計を頼んだ。780円です、僕はそう伝えて、お客さんは現金でぴったり僕に手渡してくれた。
ーとても美味しかったわ。貴方からのアドバイスも、大切に心に留めておくわ。
それはどうも。またぜひお越し下さいね。
ー…………ええ。 できれば、そうさせてもらうわ。
そうして、お客さんは最後に僕の方に軽く手を振って、ドアを開けて店を後にした。
僕はコーヒーカップを下げながら、不思議なさっきのお客さんについて考える。
祈祷師というのは、けっこう不思議で、それでいて霊感の強い職業なのかもしれない。まさかゴスロリ服とは思わなかったけど…。
そういえば、彼女は、ただのランチでここを訪れたのだろうか？
お悩み相談は、ついでみたいな雰囲気だったし。
僕は新しいマールボロに火をつけて、半分ほど残ったバドワイザーを飲みながら、少しだけそのことについて考えた。
考えても、答えの出ることのない、ささやかな疑問だったけど。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
私はその店を出て、瀬見の小川を辿って、下鴨神社の入り口まで戻る。
とりあえず、あまり気は進まなかったけれども、報告だけはしておかなくてはならなかった。当面、差し迫った脅威になることは、どう見てもなさそうだったけど…。
怪異の類は、いつどこで、どのように悪意を持つか、だれにもわからないのだ。
……黄泉竈食ひ、か………………。
私はひとりで、小さく呟いた。
その言葉は、糺の森の穏やかな木漏れ日の光に紛れて、誰にも届かずに消えていった。
(第2話おわり)